UNESCO 鉱山産業遺産 — 機械と輸送の痕跡を読む
1 1. 産業遺産を技術史として読む
世界遺産に登録された鉱山は、観光地として紹介されることが多い。 だが本連載の関心はそこにはない。 ここで読みたいのは、産業遺産(industrial heritage)を一つの「システムの痕跡」として読むことである。 鉱山という装置を動かしていた機械・輸送・処理の跡をたどり、第1部から第3部で扱った現代の鉱山機械がどこから来たのかを逆向きに確かめる。
鉱山は単独の機械では動かない。 鉱石を掘る「採掘」がある。 砕いて品位を上げる「選鉱・処理」がある。 坑内の水を排出する「水管理」がある。 それらを駆動する「動力」がある。 鉱石と資材を動かす「輸送」がある。 そして労働者を住まわせる「居住(カンパニータウン)」がある。 この六つの系が、地形と資源の制約のもとで噛み合って初めて、鉱山は産出を続けられる。
遺産として残された構造物は、この六系のどれかの物理的痕跡である。 エンジンハウスは動力系の痕跡である。 選鉱処理床は処理系の痕跡である。 軌道や港湾は輸送系の痕跡である。 つまり遺構は、当時の技術者が制約にどう応えたかの記録なのだ。
1.1 図1 鉱山を成り立たせる六つの系
以下では、登録年も criterion も異なる三つの世界遺産を、この六系の枠組みで読み解く。 ドイツ・チェコの Erzgebirge、英国の Cornwall、チリの Sewell である。 最後に、これらの遺産技術が現代の自動化鉱山へどうつながるのかを示す。
2 2. Erzgebirge — 水管理・処理・輸送の蓄積
Erzgebirge(エルツ山地、チェコ語で Krušnohoří)は、ドイツ・ザクセン側とチェコ側にまたがる鉱業地域である。 2019 年に世界文化遺産へ登録された。 構成資産は 22 件で、内訳はドイツ側 17 件とチェコ側 5 件である (1,2)。 登録基準は criterion (ii)(iii)(iv) である。 UNESCO は「12 世紀から 20 世紀にかけての約 800 年間、ほぼ連続して続いた多金属鉱業」であり、とりわけ「1460 年から 1560 年にかけてヨーロッパで最も重要な銀の供給源だった」点を価値の中核に挙げている (1)。
ここで登録年に注意したい。 後述する Cornwall と Sewell はともに 2006 年の登録である。 三つの遺産が同時に登録されたわけではなく、Erzgebirge だけが 2019 年と新しい。
Erzgebirge の技術的痕跡で最も読みごたえがあるのは、水管理の系である。 鉱山にとって水は二面性を持つ。 坑道に湧き出る水は、排出しなければ採掘を止める。 一方で地表の水路は、水車の動力源になり、選鉱・製錬プラントの用水にもなる。 給水溝アッシャーグラーベン(Aschergraben)は 1452 年から 1458 年にかけて建設された。 その後 500 年以上にわたり、水車や処理プラントへ水を供給し続けた (2,3)。 木材輸送溝フロースグラーベン(Floßgraben)は全長 15 km、1556 年から 1559 年に建設された。 製錬所へ木材という燃料を運ぶ、輸送インフラだった (2,3)。 製錬では、銀と銅を分離するザイガー法(Saigerprozess、液化製錬)が用いられた (3)。 水を揚げ(Wasserhebung)、水で動かし、水で運ぶ。 機械化以前の鉱山が、いかに水のネットワーク設計に依存していたかを Erzgebirge は示している。
3 3. Cornwall — 蒸気機関・鉄道・港湾
英国南西部の Cornwall and West Devon Mining Landscape は、2006 年に登録された (4)。 ICOMOS の諮問機関評価書は、2006 年 4 月 10 日に承認されている。 それによれば、対象面積は 19,808 ヘクタール、構成は 10 のエリアからなり、バッファゾーンは設定されていない (5)。 登録基準は Erzgebirge と同じく criterion (ii)(iii)(iv) だが、評価の力点はまったく異なる。 ICOMOS は criterion (ii) について、「1700 年から 1914 年にかけての工業化鉱業の発展、とりわけビーム機関の革新的な使用」が工業化社会の進展を促したと評価している (5)。
Cornwall が読ませるのは、蒸気を中核とする動力系と、それを支える輸送系である。 坑内排水の主力は、高圧蒸気で梁を上下させるビーム機関(beam engine)だった。 これはコーニッシュ機関(Cornish engine)とも呼ばれる。 深部採掘が進むほど排水負荷は増す。 そのため機関の高圧化・高効率化が、技術競争の焦点になった。 昇降には、坑夫を往復運動で昇り降りさせるマンエンジン(man engine)が用いられた地区もある。 レヴァント鉱山(Levant Mine)には、現存最古の現役コーニッシュ蒸気巻揚機が原位置で残る。 だがここでは、1919 年にマンエンジンが破断し 31 名が死亡する事故が起きている (6)。 動力の高度化は、同時に新しい災害をも生んだのである。
処理系では、選鉱処理床(ore dressing floor)が発達した。 搗鉱機(stamps)で砕いた鉱石を、バドル(buddle)で比重選別し、フルー・バンナー(Frue vanner)で微粒分を回収する工程である。 輸送系では、鉱山と港を結ぶ鉱物軌道が整備された。 ポートリース・プレートウェイ(Portreath Plateway)は 1809 年に着工されている (7)。 ヘイル(Hayle)やポートリースといった港は、鉱石の積み出しと、石炭・資材の積み入れの結節点だった (8)。 そして criterion (iii) が示すように、Cornwall の鉱業が 1860 年代に衰退すると、多数の坑夫が国外へ移住した。 南アフリカ・オーストラリア・南北アメリカへ渡り、エンジンハウスとコーニッシュ機関の技術を世界へ運んだ (5)。 彼ら「カズン・ジャックス(Cousin Jacks)」を通じて、Cornwall は 19 世紀の世界鉱業技術の発信地となった。
4 4. Sewell — 選鉱プラントと「線路の終端」
チリの Sewell Mining Town は、Cornwall と同じ 2006 年に登録された。 だが価値の置きどころは大きく異なる。 登録基準は criterion (ii) 単独である。 UNESCO は Sewell を「カンパニータウンという世界的現象の傑出した例」と位置づける。 そして「世界最大の地下銅山であるエル・テニエンテ(El Teniente)」の操業に伴って築かれた点を強調する (9)。 立地は標高 2,200 m を超えるアンデスの急斜面である。 車輪のついた車両が走れないために、鉄道駅を起点に階段で結ばれた都市が築かれた (9)。
Sewell を成り立たせたのは、輸送・処理・居住の三系の一体設計である。 ブレーデン・カッパー社(Braden Copper Company)は、この遠隔地と 60 km 離れたランカグア(Rancagua)市を結ぶ鉄道を敷いた。 あわせて選鉱プラントと居住区(camps)を一体で建設した (9)。 急斜面ゆえに、鉱石は索道(aerial tramway)で運ばれた。 坑外の動線は最終的に、鉄道の終端「プンタ・デ・リエレス(Punta de Rieles、線路の終端)」へ収束する。 最盛期の 1960 年代には、約 15,000 人がここで暮らしたとされる (9,10)。 なお選鉱プラントの処理能力や電動狭軌の軌間といった細部の数値は、現状では二次資料に留まる。 一次資料での確認は今後の課題である。
坑内軌道の軌間は、地域ごとに固有である。 英コーンウォールのギーバー(Geevor)錫鉱山では、鉱山軌間 1 フィート 6 インチ(457 mm)が採られた。 坑内輸送にはバッテリー式電気機関車が用いられた (11)。 急斜面に索道・鉄道・居住を積層させた Sewell は、地形が輸送方式を規定するという原則を、最も劇的に示す事例である。
5 5. 保存と現役鉱山の境界
ここまでの三遺産には、保存のあり方に決定的な違いがある。 Erzgebirge と Cornwall は、いずれも商業操業を終えた後に景観・構造物が保存された「操業後の遺産」である。 これに対し Sewell は、いまも現役の操業エリアの内側に位置する。 世界最大級の地下銅山であるエル・テニエンテの、稼働中の山の中にあるのだ (9)。 遺産の保存と現役採掘が、同じ山で同居している。
| 遺産 | 国 | 登録年 | 登録基準 | 操業状態 |
|---|---|---|---|---|
| Erzgebirge/Krušnohoří | 独・チェコ | 2019 | (ii)(iii)(iv) | 操業終了後に保存(22 components) |
| Cornwall and West Devon | 英 | 2006 | (ii)(iii)(iv) | 操業終了後に保存(10 areas) |
| Sewell Mining Town | チリ | 2006 | (ii) | 現役 El Teniente の操業エリア内 |
この同居は、産業遺産化の「タイミング」という論点を浮かび上がらせる。 操業を終えた鉱山は、遺産として保存しやすい。 だが現役の鉱山では、保存対象の構造物と稼働中の設備が物理的に隣り合う。 Codelco は Sewell について保存戦略計画を策定し、遺産の維持と現役操業の両立を図っている (10)。 保存と稼働の境界をどこに引くか。 この問いは、次節でみるように、遺産が現代の自動化鉱山へ地続きにつながっていることの裏返しでもある。
6 6. 現代鉱山機械への接続 — 遺産技術の延長線
Sewell が示す「保存と現役の同居」は、本連載全体の締めくくりにふさわしい主題を提供する。 すなわち、産業遺産として保存される 20 世紀初頭の鉱山技術が、第1部から第3部で扱った現代の自動化・電動化鉱山と、同一サイト上で地続きにつながっているという事実である。
その連続性は、エル・テニエンテで具体的に観察できる。 20 世紀初頭に整備された Sewell の選鉱・索道システムは、過去の遺産である。 だが Sewell の選鉱プラントへ鉱石を給する「Ferrocarril Teniente 5」は、Codelco 公式によれば 1925 年から運行を続け、2025 年に操業 100 年を迎えた現役の鉱石輸送システムである (12)。 さらにエル・テニエンテは、2015 年に統合運転センター(CIO)を開設した。 約 80 km 離れた地点から、坑内設備を遠隔監視する体制へ移行している (13)。 自動化率は二次資料によれば約 35% で、50〜60% を目標に引き上げが進められているとされる (13)。 機械メーカーの発表では、エル・テニエンテでの坑内機械の自動化導入は 2004 年に遡る (14)。 同じ山が、カンパニータウンの産業遺産から、人が立ち入らない遠隔・自動操業の現場へと連続的に変化しているのである。
この連続性は、本連載で扱ってきた現代の鉱山機械と直結する。 第3部でみたキルナ(Kiruna)の標準軌(1,435 mm)鉱山鉄道は、無人運転を前提とする。 第2部でみた自動列車制御や、各部で触れた自律運搬・バッテリー電動化(BEV)も同様だ。 これらはいずれも「人が入らない鉱山」という、同じ方向を指している。 Cornwall の坑夫が排水のためにビーム機関を高圧化したことと、現代の鉱山が安全と効率のために運搬を自動化することは、根が同じである。 地形・水・動力・輸送という鉱山の制約に対し、その時代に手にできた最良の機械で応えてきた。 その応答の連なりが、遺産から現役鉱山までを一本の線で貫いている。 産業遺産を技術史として読むとは、この一本の線を見出すことにほかならない。
7 7. 補論 — 日本の鉱山遺産(補助線として)
三本柱の対比材料として、日本の鉱山遺産を二件、技術視点から補助的に置いておく。
石見銀山遺跡とその文化的景観は、2007 年に世界文化遺産へ登録された (15)。 採掘は手掘りの間歩(まぶ)、製錬は灰吹法によった。 同じ「銀」を産した Erzgebirge は、水管理と液化製錬という機械的・化学的インフラを発達させた。 これに対し石見銀山は、機械化以前の手掘り・人力搬出を主体とするシステムである。 両者を並べると、鉱業技術の発展段階の差が見えてくる。
別子銅山は、1977 年に操業を終えた住友の銅山である (16)。 急峻な地形に配された別子鉱山鉄道は、上部鉄道が全長 5.5 km に急曲線を連ねた。 東平(とうなる)の転載拠点を結んだ索道とあわせ、険しい山に鉄道・索道・居住を一体で積層させた (16)。 これは、チリの Sewell の最良の日本側の鏡像といえる。 地形が輸送方式を規定し、その痕跡が遺産として残る。 本連載が一貫してたどってきた読み方は、国や鉱種を越えて成り立つのである。