タイヤの上の列車 — マルチサービスビークル(MSV)が変えた TBM 後方搬送

レールレス搬送はなぜ世界の大型トンネル工事の標準になったのか

1 1. はじめに — 軌道式の限界とレールレスのニーズ

第 1 部で見たとおり、坑内搬送の伝統的な主役は軌道式(レール方式)だった。 坑内に軌道を敷き、バッテリーロコがずり鋼車を牽引する方式は、坑内環境・換気に優れ、湧水の多い軟岩・土砂トンネルにも適用できる (1)。 しかし軌道式には、避けがたい弱点もある。 日本トンネル技術協会の整理でも、レール方式は逸走防止対策が必要で、ロコおよびバッテリーのメンテナンスが欠かせないと指摘されている (1)。 土木学会のずり運搬方式の比較でも、軌道の敷設・延伸と逸走防止が長距離化に伴う制約として位置づけられている (2)

軌道を敷くということは、掘進に合わせて軌道を延伸し続けるということでもある。 大深度・急勾配・長距離になるほど、軌道そのものの敷設・延伸・撤去と、逸走防止に費やす段取りの負担が増す。 ずり鋼車は底開き式 0.75〜5 m³ から自動転倒式 1〜9 m³ まで多様な容量がそろっているが (3)、どの車両を使うにせよ、軌道という固定インフラを掘進に追従させ続けねばならない点は変わらない。

この「軌道という固定インフラに縛られる」制約を外したのが、タイヤ式のトラックレス(レールレス)搬送である。 そして、その思想を TBM(トンネル掘進機)の後方支援に最適化して結晶させたのが、ここで扱うマルチサービスビークル(MSV、Multi Service Vehicle)だ。

2 2. MSV とは — TBM バックアップシステムの中核

MSV は、TBM の後方で動くタイヤ式の多目的搬送車である。 その役割を一言で表せば、「タイヤの上を走る、TBM 専用の供給列車」と言ってよい。 セグメント(覆工リング、tubbing ring)、グラウト、鉄筋メッシュ、アンカーボルト、作業員といった資機材を TBM 後方へ供給し、同時に掘削ずりの搬出も担う (4)

ここで運ばれるセグメントとは、トンネル内壁を構成するプレキャストの覆工部材である。 泥土圧式(EPBM)や泥水式(スラリー TBM)といった、切羽を保持しながらセグメントで覆工していくシールド系の機械では、このセグメントを途切れなく TBM 後方へ届けることが掘進速度を左右する (5)。 MSV が「供給と搬出を一系統でこなす」ことの価値は、まさにこの覆工サイクルを止めない点にある。

最大の特徴は、軌道を必要としないことにある。 床面のセグメントや硬質路面の上を、ゴムタイヤで走る——だから軌道の敷設・延伸・撤去が不要で、設置/撤去のコストを下げ、工期を短縮できる (4)。 TBM の掘進に合わせて供給列車が前後するという機能は軌道式の後方支援設備(バックアップトレイン)と共通だが、MSV はそれを軌道から解き放った点に新しさがある。

なお、TBM 後方支援設備の機種用語——MSV、セグメント台車(Segment Carrier)、サーボロコ(Servoloco)、ずり鋼車(Muck Car)など——は、本サイトの転車台・トラバーサー連載の用語体系(GLOSSARY §K.2)で整理している。 本連載では搬送ロジスティクスの工程・方式の側から MSV を扱う。

3 3. TMS と Herrenknecht — TBM 本体と後方搬送の垂直統合

MSV を設計・製造してきたのは、フランスの Techni-Métal Systèmes(TMS)である。 TMS は TBM 後方搬送用のタイヤ式車両を専門に手がけてきた企業だが、2013 年 1 月、TBM 世界最大手の Herrenknecht AG が TMS を買収・子会社化した (6)

この買収の狙いは、TBM 本体と後方搬送の垂直統合にある (6)。 TBM を掘るだけの機械として売るのではなく、掘削から後方の物流まで一体のシステムとして提供する——TBM の能力をフルに引き出すには、後方の供給・搬出が追いつかなければならないからだ。 買収後も TMS ブランドで製品展開が続けられ、MSV は Herrenknecht 製 TBM のバックアップシステムとして標準的に組み合わされるようになった (7)

4 4. 技術仕様 — 急勾配・全方向操舵・多様な駆動

MSV の技術仕様は、軌道式にはない自由度を示している (4,7)

  • 最大勾配: 25 % まで(上り・下りとも)。急勾配のアクセストンネルでも軌道なしで登坂できる (4)
  • 積載能力: 基本モデルで 10〜200 t のレンジをカバーする (4)
  • 操舵: 後輪操舵(小回り)、全輪操舵、そしてクラブモード(全輪を同方向に向けて車体を横移動させる操舵)を備える (4)。狭隘な坑内での取り回しを可能にする機能だ。
  • サスペンション: 独立懸架で、不整地・凹凸のある床面に追従する (4)
  • 車輪: 空気入りタイヤまたはソリッドゴムタイヤを用い、床面セグメントや硬質路面の上を走る (4)
  • 駆動方式: ディーゼル油圧(EPA Tier 3 + 粒子フィルタ DPF)、バッテリー電動、ハイブリッドの三方式から選べる (7)。坑内の排ガス規制やゼロエミッション要求に応じて選択する。

駆動方式が選べることは、坑内環境の設計に直結する。 第 1 部で見たとおり、タイヤ式の弱点は「延長が長くなると換気の問題が生じる」ことだった (1)。 ディーゼル機関の排気を希釈・浄化して坑内に持ち込む従来のダンプトラックに対し、MSV はバッテリー電動やハイブリッドを選ぶことで、深部・長距離でも排ガスと換気負荷を抑えられる。 急勾配を登坂できる機動性と、排ガスを出さない動力の両立——これが、MSV が単なる「タイヤ式運搬車」を超えて TBM 後方の標準装備になった理由の一つである。

通常操舵 車体 前進 クラブモード(横移動) 車体 横移動 全輪を同方向に向けることで、狭隘部でも車体を真横に寄せられる

製品ラインナップは、用途と積載能力で段階的にそろっている (7)

モデル 最大積載 主な用途
Single MSV ≤ 84 t 単体構成の基本型
Multi-trailer MSV 60〜180 t 複数台連結、大型セグメント対応
Transport Shuttle 50 t 高速輸送向け(約 3〜5 km/h)
PSV(Personnel & Service Vehicle) 作業員・軽量資機材の輸送
RCV(Rail-Crossing Vehicle) 軌道横断対応
Rail-Road 軌道・一般路面の兼用
MSV Dumper ずり搬出専用

基本型の Single MSV が 84 t、連結型の Multi-trailer が 180 t(最大構成で 200 t)まで対応し、作業員輸送(PSV)やずり専用(MSV Dumper)まで含めて、TBM 後方の物流を一系統でまかなえる構成になっている (7)

5 5. 実プロジェクト導入 — Brenner Base Tunnel H33 工区

MSV が実際に大規模運用された代表例が、オーストリアとイタリアを結ぶ Brenner Base Tunnel(ブレンナー基底トンネル、BBT)である。 このトンネルは探査トンネル(直径 5 m)を先行掘削し、後続で 2 本のメイントンネル(各直径 8.1 m)を掘る構造で、複数の建設工区に分けて同時施工される (8)。 4 本のアクセストンネルを持ち、最大の建設工区は「Mules 2-3」である (8)。 このように複数の工区・複数のアクセス点から同時に掘り進める現場では、それぞれの切羽へ資機材を届け、ずりを運び出す物流を、工区ごとに最適な手段で組む必要がある——MSV はその選択肢の一つとして H33 工区に配備された。

MSV が導入されたのは、この BBT の H33 工区だった。 ここで注意したいのは、「H33」は建設工区(construction lot)の名前であって、MSV の機種名ではないということである (9)。 すなわち、正しくは「Brenner の H33 工区に導入された MSV」であり、「H33 という車両」が走っているわけではない。 工区名と車両を取り違えないことが、このプロジェクトの搬送系を正確に読み解く前提になる。

H33 工区での運用規模も具体的に記録されている。 MSV の運転室は 5 人乗りで、記事時点で TBM から坑口までの距離は 4.7 km、将来的には 18.6 km まで延びる見込みであり、TBM への供給を成立させるために MSV 6 台が必要とされた (9)。 搬送距離が伸びるほど、供給列車を増やすか、1 編成の容量を上げるかという物流設計の問題が前面に出てくる——これは軌道式でも MSV でも変わらない、トンネル搬送の本質的な課題である。

なお、BBT の搬送系全体を MSV だけが担うわけではない。 長距離区間のずり搬出は連続ベルトコンベヤが主役であり、H+E(Herrenknecht 子会社)がアクセストンネルに大容量コンベヤを設けている (10)。 H33 工区の MSV は、このベルトコンベヤとは別の役割——TBM 後方へのセグメント・グラウト等の資機材供給と作業員輸送——を担う (9)。 ずりの長距離搬出はコンベヤが受け持ち、MSV はそれを置き換えるのではなく、急勾配・狭隘・線形自由度が要る供給の側を分担する。 (なお §4 で見たとおり、MSV の製品系列にはずり専用の MSV Dumper もあるが、H33 工区での主たる役割は資機材供給である。) この「ベルトコンベヤと MSV の役割分担」は、第 3 部の Brenner ロジスティクスで詳しく見る。

6 6. 選定論理 — なぜタイヤ式(MSV)なのか

では、どんなときに軌道式やベルトコンベヤではなく MSV が選ばれるのか。

第一に、急勾配と線形自由度である。 最大 25 % の勾配を軌道なしで登坂できる MSV は、急勾配のアクセストンネルや、曲線の多い線形に強い (4)。 軌道式では逸走防止と軌道延伸が制約になり、ベルトコンベヤは固定設備ゆえに線形変更に弱い——その隙間を MSV が埋める。

第二に、多目的性である。 セグメント・グラウト・資機材の供給とずり搬出を一系統でこなせるため、TBM 後方の物流を単純化できる (4)。 シールド工事では立坑から資機材を搬入し、セグメントを TBM 後方へ届ける必要があるが (11)、MSV はこの供給と搬出を軌道なしで往復できる。

第三に、段取りの軽さである。 軌道の敷設・延伸・撤去が不要なため、設置/撤去のコストと工期を抑えられる (4)。 シールド工事の坑内搬送は、本来カッターヘッドからスクリューコンベヤを経てベルトコンベヤやずり運搬車へ接続する流れだが (12)、その「ずり運搬車」の役割を、急勾配・多目的・軌道不要という条件で究極化したのが MSV だと言える。

6.1 MSV のデメリットと、主流を置き換えない理由

ここまで強みを並べてきたが、MSV はこれ一つですべてが片づく道具ではない。 もし MSV があらゆる面で優れていれば、トンネル搬送はとうにタイヤ式一色になっているはずである。 しかし実際には、軌道式と連続ベルトコンベヤが今も多くの現場で主役を占めている。 その理由は、MSV の限界の裏返しにある。

第一に、ずりの大量搬出という幹線輸送は、そもそも MSV の土俵ではない。 第 1 部・第 3 部で見るとおり、長大トンネルのずり搬出は連続ベルトコンベヤのほうが安全・換気・コストで有利になる場面が多い (1)。 実際 Gotthard や Brenner でも、ずりの幹線輸送はベルトコンベヤが担い、MSV は資機材供給と局所搬送を受け持つ。MSV はずり幹線そのものを置き換える道具ではない。

第二に、換気・排ガス・熱の制約である。 タイヤ式は延長が長くなると換気の問題と、走行車両との接触災害のリスクが増す (1)。 とくにディーゼル機関を坑内に持ち込めば排気の希釈・浄化が欠かせない (1)。電動化でこれを緩和できるが、バッテリーや充電インフラのコストを伴う。

第三に、走行路面の整備とタイヤ摩耗への依存である。 MSV は床面セグメントや硬質路面の上を走るため (4)、路面の整備・維持とタイヤの摩耗が前提になる。 鋼車輪を鋼レールに乗せる軌道式は転がり抵抗が小さく、超長距離・大量の重量搬送を効率的にこなす強みを今も保っている。

だからこそメーカーは、軌道式(rail-bound)・トラックレス・連続ベルトコンベヤを、トンネルの径・延長・組立空間といった案件特性に応じて使い分ける (13)。 MSV は「万能の置換」ではなく、急勾配・線形自由度・多目的搬送が効く工区での最適解という、適材適所のひとつなのである。

6.2 「軌道か、タイヤか」の捉え直し

なお、しばしば「タイヤ式なら離合・入替えが要らない」と語られるが、これは正確ではない。 狭い断面で車両がすれ違い(離合)や入れ替えをするのに必要な空間そのものは、軌道式・タイヤ式のどちらでも断面の制約から生じるもので、タイヤ式にすれば消えるわけではない。 両者の違いは「入替えがあるかないか」ではなく、「入替えをどう捌くか」にある。 軌道式では、空車を積込点の近くに待機させて満車と入れ替えるために、後方に「California スイッチ」と呼ばれる分岐を設け、列車間の遅延を抑える (13)。 これは軌道という固定インフラの上に、さらに分岐という設備を重ねる捌き方である。 一方 MSV は軌道を持たず、床面セグメントや硬質路面の上を極小の曲線半径でも走れるため (4)、軌道分岐のような固定インフラを設けずに搬送をやりくりできる。 つまり MSV の本質的な強みは「入替えそのものの消滅」ではなく、軌道・分岐という固定インフラを敷かずに、急勾配・線形自由度・多目的搬送を成立させる点にある。

言い換えれば、MSV の登場は、TBM 後方への資機材供給という役割において、「軌道式かタイヤ式か」の二者択一を捉え直させた。 かつてのタイヤ式は機動性と引き換えに換気と接触災害という弱点を抱え (1)、軌道式は安全と引き換えに敷設・逸走防止という制約を負っていた (2)。 MSV は、トラックレスの機動性を保ちつつ、電動化で換気負荷を下げ、独立懸架と全方向操舵で狭隘部にも対応することで、供給という土俵では両者の弱点をかなりの程度まで埋めた。 TBM 本体と後方搬送を一体で設計する垂直統合の流れ (6) が、この最適化を後押ししている。 それでも、ずりの大量搬出という幹線では連続ベルトコンベヤが、超長距離の重量搬送では軌道式が、それぞれの強みを保ち続けている——だからこそ現代のトンネル搬送は、これらを適材適所で組み合わせる設計になっている。

次の第 3 部では、その組み合わせが最も大規模に展開される舞台——Gotthard と Brenner という二つのアルプス縦貫ベーストンネルへ進む。 数十 km 級のトンネルで、連続ベルトコンベヤ・立坑垂直搬送・ずり再利用がどう設計されているのかを見ていく。

ノート

MSV の技術仕様(勾配・積載・操舵・駆動)はメーカー公式(Herrenknecht / TMS)の公称値に基づく。H33 工区の運用台数・距離は技術誌 GeoResources の報告値で、工事の進捗により変動しうる。「H33」は工区名であり車両モデル名ではない点に留意。

参考文献

1.
日本トンネル技術協会. ずり出し方式(第2章 ずり出し方式の概要) [Internet]. 2008年 [cited 2026年6月24日]. Available at: https://www.japan-tunnel.org/files/images/report_zuri_chapter2.pdf
2.
土木学会 トンネル工学委員会. トンネル標準示方書 山岳工法・同解説(2006 年制定、p.154 主なずり運搬方式の比較) [Internet]. 2006年 [cited 2026年6月25日]. Available at: https://www.jsce.or.jp/publication/detail/detail.asp?id=2919
3.
黒田テック. トンネル工事用 ずり鋼車・運搬機械 総合カタログ [Internet]. 2018年 [cited 2026年6月24日]. Available at: https://www.kuroda-tec.co.jp/files/files20180621180556.pdf
4.
Herrenknecht AG. Multi Service Vehicles (MSV) [Internet]. 2024年 [cited 2026年6月24日]. Available at: https://www.herrenknecht.com/en/products/productdetail/multi-service-vehicles-msv/
5.
日本建設機械施工協会. シールド機(建設機械の分類) [Internet]. 2024年 [cited 2026年6月24日]. Available at: https://www.cema.or.jp/general/industry/machines/shield-machines.html
6.
TunnelTalk. Herrenknecht acquires Techni-Metal Systemes of France [Internet]. 2013年 [cited 2026年6月24日]. Available at: https://www.tunneltalk.com/Company-News-Jan13-Herrenknecht-acquires-Techni-Metal-Systemes-of-France.php
7.
Techni-Métal Systèmes (TMS). Produkte / Products (MSV ラインナップ) [Internet]. 2024年 [cited 2026年6月24日]. Available at: https://tms-company.com/produkte
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Marti Technik AG. Conveyor System at Brenner Base Tunnel, Lot Mules 2–3, Italy (66 km Conveyor Belt System) [Internet]. 2019年 [cited 2026年6月24日]. Available at: https://www.martitechnik.com/wAssets/docs/factsheets-en/Brenner_en.pdf
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GeoResources. Brenner Base Tunnel — Multiservice Vehicle for TBM Supply [Internet]. 2021年 [cited 2026年6月24日]. Available at: https://www.georesources.net/cms.php/en/archive/6124/brenner-base-tunnel-multiservice-vehicle-for-tbm-supply
10.
Herrenknecht AG. Brenner Base Tunnel (References) [Internet]. 2024年 [cited 2026年6月24日]. Available at: https://www.herrenknecht.com/en/references/referencesdetail/brenner-base-tunnel/
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国土交通省 九州地方整備局. 鹿児島東西道路 シールドトンネル工事概要 [Internet]. 2024年 [cited 2026年6月24日]. Available at: https://www.qsr.mlit.go.jp/kakoku/works/road/touzai/koujigaiyou.html
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