アルプスを貫く物流 — Gotthard と Brenner の搬送ロジスティクス

数十 km 級ベーストンネルの連続ベルトコンベヤ・竪坑垂直搬送・ずり再利用

1 1. はじめに — ずり搬出が掘進速度を支配する

数十 km 級の鉄道ベーストンネル(基底トンネル)になると、ずり搬出の問題は規模が一桁も二桁も変わる。 距離が長く、深さが深く、物量が桁違いに大きいため、「掘る」よりも「掘ったずりをいかに連続的に外へ出すか」が掘進速度を直接支配する。

第 1 部で見たとおり、長大トンネルでは連続ベルトコンベヤが主役になり、その採用はトンネル延長 3,000 m を境に増える (1)。 そして数十 km 級では、連続ベルトコンベヤ・立坑垂直搬送・ずり再利用を組み合わせた総合的なロジスティクスが不可欠になる。 ここでは、アルプスを縦貫する二つの巨大ベーストンネル——すでに開通した Gotthard(ゴッタルド)と、建設中の Brenner(ブレンナー)——を例に、その設計を見ていく。

2 2. Gotthard Base Tunnel — 57 km の搬送系とずり 28.2 百万トン

Gotthard Base Tunnel は、スイス・アルプスを縦貫する全長約 57 km の鉄道トンネルで、2016 年に開通した (2)。 掘削には Herrenknecht 製のグリッパー TBM が 4 台投入された。 このグリッパー TBM は硬岩(片麻岩・花崗岩・粘板岩)用で、直径は 9,430 mm と 9,580 mm の 2 種があり、本坑 85 km 超を TBM で掘削した (3)

掘削で生じたずりは膨大で、総量は約 28.2 百万トンに達した (4)。 これをどう処理するかが、このプロジェクトの物流設計の核心だった。 解決策は、ずりの現地再利用である。 掘り出した岩石の約 1/3 を現地で破砕してコンクリート用骨材に再生し、それを連続ベルトコンベヤで現地のミキシングプラントへ送って覆工コンクリートに用いた (4)。 残りのずりは、湖の湿地島造成や人工湖の造成に充てられた (4)。 ずりを「捨てるもの」ではなく「建設資材・環境資源」として循環させる——これは第 4 部の Crossrail でも繰り返し現れる、現代トンネル工事の基本思想である。

Gotthard の掘削は、5 つのアクセス点(Erstfeld・Amsteg・Sedrun・Faido・Bodio)から同時に進められた (2)。 本坑そのものは約 57 km だが、これらのアクセストンネル・竪坑・連絡坑をすべて含めると、掘削されたトンネル・竪坑・通路の総延長は 153.5 km に及ぶ (5)。 搬送ロジスティクスは、この複雑な地下空間ネットワーク全体で成立させなければならなかった。

3 3. Sedrun の竪坑垂直搬送 — 約 820 m を巻き上げる

5 つのアクセス点のうち、物流面で特異だったのが Sedrun(セドルン)である。 ここには山の上から本坑に達する坑口がなく、本坑へのアクセスは深い竪坑(立坑)を経由するしかなかった。

Sedrun では、約 1 km のアクセストンネルを経た先に、約 820 m 深さのブラインド竪坑(坑口を持たない竪坑)が 2 本設けられた (6)。 この竪坑の巻上設備が、ずり・資材・人員のすべてを垂直に搬送する役割を担った (6)。 切羽で生じたずりを坑内で集め、竪坑で約 820 m 引き上げて地上へ出す——第 1 部で挙げた「立坑垂直搬送」が、これほどの深さで実用化された例である。 竪坑巻上システムの施工は SIEMAG TECBERG が、発注は AlpTransit Gotthard AG が担い、建設フェーズから運用フェーズへの転換も含めて設計された (6)。 この巻上設備は、ずり・資材・人員の搬送だけでなく、隣接する Faido 区間への冷却空気の供給も兼ねており、深部の高地温に対する坑内環境の維持にも寄与した (6)。 大深度の竪坑が、垂直搬送と換気・冷却という複数の役割を一手に担う——これが、坑口を持たない中間アクセス点の物流設計の難しさと工夫を象徴している。

地上(巻上機械室) 竪坑 2 本・約 820 m 本坑レベル(切羽からのずりを集約) ずり・資材 人員 巻上 資材・人員 下げ

4 4. Brenner Base Tunnel — 多工区を貫く 66 km コンベヤ系

オーストリアとイタリアを結ぶ Brenner Base Tunnel(BBT)は、現在建設中のベーストンネルである。 Innsbruck から Fortezza までの本坑は 55 km で、Innsbruck の鉄道バイパスを加えるとアルプスを貫く全系統は 64 km に達し、世界最長の地下鉄道リンクとなる計画である (7)。 構造は、2 本のメイントンネル(各直径 8.1 m)と、その間の地下約 12 m を走る探査トンネル(直径 5 m)から成る (7)。 4 本のアクセストンネルを持ち、最大の建設工区が「Mules 2-3」である (7)

BBT の搬送ロジスティクスを理解するうえで大切なのは、「複数の供給者が、複数の工区で、別々のシステムを動かしている」という事実である。 供給者・工区・搬送能力はそれぞれ異なり、一つのコンベヤシステムとして一括りにはできない。 ここでは二つの主要システムを分けて見ていく。

4.1 4.1 Marti Technik の 66 km コンベヤ系(Mules 2-3 工区)

Mules 2-3 工区のコンベヤ系を担うのは、スイスの Marti Technik AG である。 同社は、Fortezza の Isarco 川アンダーパス区間からオーストリア国境まで、総延長約 66 km に及ぶ複雑なコンベヤシステムを納入した (7)。 このシステムの諸元は、ベルト幅 800 / 1,000 / 1,200 mm、搬送能力 500〜1,600 t/h、動力 90〜1,990 kW、速度 3.0〜3.3 m/s、最小水平曲線半径 400 m と幅広い (7)

区間ごとに搬送能力は使い分けられている。 北側の TBM メイントンネル(東・西)はそれぞれ約 17 km のコンベヤ線で各 1,000 t/h、TBM 探査トンネルは 500 t/h、南側の発破(D&B)区間のメイントンネルは東 220 t/h・西 500 t/h、Mules アクセス坑は 350〜600 t/h と設定されている (7)。 TBM トンネル用のコンベヤは掘進に追従して延伸する伸縮式で、ベルト貯留容量は各 500 m、ウインチで張力を保つ構造になっている (7)

このシステムの心臓部が「Node Mules」と呼ばれる分配拠点である。 ここで、各方面から集まったずりを材料分級(A 級と B+C 級)し、それぞれの行き先へ振り分ける (7)。 品質の良い A 級材は覆工セグメントの製造に再利用され、適さない材料は Hinterrigger での埋立に直接回される (7)。 Mules アクセス坑(1.8 km・勾配 9 %)のコンベヤは上下二段の二機能を持ち、上のベルトでずりを搬出し、下のベルトで骨材を Node Mules の坑内バッチングプラントへ戻す——分級・再利用を坑内で完結させる設計である (7)。 骨材とセメントを混合してコンクリートを製造するバッチング/ミキシングプラントの仕組みは、スリップフォームペーバーの連載でも扱っている。

4.2 4.2 H+E Logistik の大容量コンベヤ(Wolf アクセス)

これとは別に、H+E Logistik(Herrenknecht の子会社)が、Wolf アクセストンネルに大容量のコンベヤを設けている。 その公称搬送能力は最大 5,000 t/h で、これがなければ 26 t トラックを 1 時間あたり 190 台走らせる必要があったとされる (8)。 つまり、Marti Technik(Mules 2-3 工区・66 km・500〜1,600 t/h)と H+E Logistik(Wolf アクセス・最大 5,000 t/h)は、供給者も工区も能力も異なる別系統のシステムである (7,8)。 一つの巨大トンネルの内部で、工区の条件(搬出距離・物量・線形)に応じて、最適な能力のコンベヤ系がそれぞれ独立に組まれている。

そして第 2 部で見たとおり、BBT の H33 工区ではタイヤ式のマルチサービスビークル(MSV)が TBM 後方支援に用いられている (9)。 連続ベルトコンベヤ(長距離・大量のずり幹線輸送)と MSV(TBM 後方の供給・狭隘部搬送)が、工区ごとに役割を分担している——これが多工区同時施工のベーストンネルにおける搬送設計の実像である。

Marti Technik(Mules 2-3 工区) 総延長 約 66 km コンベヤ系 搬送能力 500〜1,600 t/h Node Mules で A / B+C 分級 A 級 → セグメント再利用 伸縮式コンベヤ(掘進追従)・速度 3.0〜3.3 m/s H+E Logistik(Wolf アクセス) 最大 5,000 t/h コンベヤ =26 t トラック 190 台/時 相当 Herrenknecht 子会社 別供給者・別工区・別能力の独立系統 タイヤ式 MSV(H33 工区) TBM 後方支援に使用。上記コンベヤ系とは別工区・別方式の独立系統(第 2 部)

5 5. 比較 — 完成した知見と、最新のロジスティクス

Gotthard と Brenner は、いずれもアルプス縦貫のベーストンネルでありながら、搬送ロジスティクスの世代が異なる。

項目 Gotthard Base Tunnel Brenner Base Tunnel
状態 開通済(2016 年)(2) 建設中
本坑延長 約 57 km (2) 55 km(バイパス込み 64 km)(7)
掘削ずり 約 28.2 百万トン (4) (多工区・建設中)
主搬送系 連続ベルトコンベヤ+竪坑巻上 連続ベルトコンベヤ(Marti 66 km / H+E 最大 5,000 t/h)+MSV (7,8)
垂直搬送 Sedrun 約 820 m 竪坑 2 本 (6) アクセストンネル経由が主
ずり再利用 約 1/3 を骨材再利用 (4) A 級材をセグメント製造に再利用 (7)

Gotthard が示したのは、深い竪坑垂直搬送と骨材再利用を組み合わせた総合ロジスティクスの運用知見である。 約 820 m の竪坑巻上という極端な垂直搬送を成立させ、ずりの約 1/3 を骨材として循環させた実績は、後続のプロジェクトの設計基盤になった。

Brenner が示しつつあるのは、コンベヤの大規模化と材料分級・再利用の体系化である。 総延長 66 km のコンベヤ系を多工区にわたって張り巡らせ、Node Mules で A/B+C 分級して A 級材をセグメント製造に回す仕組みは、ずり処理を「搬出」から「資源循環」へと一段押し進めた。 連続ベルトコンベヤの基本機構——破砕・延伸・ストレージ——は、第 1 部で見た国内の釧勝トンネルや佐藤工業の事例と原理的に同じである (1,10)。 違いは規模であり、数 km の国内トンネルで磨かれた連続ベルトコンベヤの技術が、数十 km のアルプス縦貫トンネルで桁違いの規模に展開されている。

そして、これらのベルトコンベヤの選定論理そのものは、第 1 部で整理した方式比較——大量運搬・坑内環境・安全性に優れる一方、固定設備費が割高でベルト延伸の段取りを要する——という性質に立脚している (11,12)。 山岳の長大ベーストンネルが連続ベルトコンベヤを選ぶのは、まさにこの「大量・安全・長距離」という条件が揃うからである。

次の第 4 部では、舞台を山岳から都市へ移す。 ロンドンの Crossrail を例に、地上交通・環境・近隣という都市特有の制約のもとで、坑内搬送から場外搬出・ずり再利用までをどう一気通貫で設計したのかを見ていく。

ノート

Brenner のコンベヤ諸元は Marti Technik の公式 factsheet、H+E の能力は Herrenknecht の公表値に基づく。Marti Technik(Mules 2-3 工区・66 km)と H+E Logistik(Wolf アクセス・最大 5,000 t/h)は別供給者・別工区の独立システムである。Gotthard のずり総量・骨材再利用率は業界団体(CEMBUREAU)の公表値による。

参考文献

1.
真司, 英雄, 和寛. 山岳トンネルにおける長距離ベルトコンベアの活用 — 道東道黒松内釧路線釧勝トンネルにおけるベルトコンベアの適用事例報告 [Internet]. 2010年 [cited 2026年6月24日]. Available at: https://thesis.ceri.go.jp/db/giken/h22giken/JiyuRonbun/GT2.pdf
2.
Wikipedia contributors. Gotthard Base Tunnel [Internet]. 2024年 [cited 2026年6月24日]. Available at: https://en.wikipedia.org/wiki/Gotthard_Base_Tunnel
3.
Herrenknecht AG. Gotthard Base Tunnel (References) [Internet]. 2024年 [cited 2026年6月25日]. Available at: https://www.herrenknecht.com/en/references/referencesdetail/gotthard-base-tunnel/
4.
CEMBUREAU (The European Cement Association). The secrets of the world’s longest concrete tunnel (Gotthard Base Tunnel) [Internet]. 2018年 [cited 2026年6月25日]. Available at: http://useofcement.cembureau.eu/2018/04/06/the-secrets-of-the-worlds-longest-concrete-tunnel/
5.
ITA-AITES (International Tunnelling and Underground Space Association). Gotthard Base Tunnel (Case Histories) [Internet]. 2016年 [cited 2026年6月25日]. Available at: https://tunnel.ita-aites.org/en/cases-histories/case/gotthard-base-tunnel
6.
GeoResources. Gotthard Base Tunnel: The Sedrun Shaft Hoisting Systems — Part 2 (Conversion and Operating Phase) [Internet]. 2018年 [cited 2026年6月24日]. Available at: https://www.georesources.net/cms.php/en/journals/45/Gotthard-Base-Tunnel-The-Sedrun-Shaft-Hoisting-Systems-Part-2-Conversion-and-Operating-Phase
7.
Marti Technik AG. Conveyor System at Brenner Base Tunnel, Lot Mules 2–3, Italy (66 km Conveyor Belt System) [Internet]. 2019年 [cited 2026年6月24日]. Available at: https://www.martitechnik.com/wAssets/docs/factsheets-en/Brenner_en.pdf
8.
Herrenknecht AG. Brenner Base Tunnel (References) [Internet]. 2024年 [cited 2026年6月24日]. Available at: https://www.herrenknecht.com/en/references/referencesdetail/brenner-base-tunnel/
9.
GeoResources. Brenner Base Tunnel — Multiservice Vehicle for TBM Supply [Internet]. 2021年 [cited 2026年6月24日]. Available at: https://www.georesources.net/cms.php/en/archive/6124/brenner-base-tunnel-multiservice-vehicle-for-tbm-supply
10.
佐藤工業. 連続ベルトコンベアによる山岳トンネル新ずり搬出システム [Internet]. 2024年 [cited 2026年6月24日]. Available at: https://www.satokogyo.co.jp/technology/detail.php?id=46
11.
日本トンネル技術協会. ずり出し方式(第2章 ずり出し方式の概要) [Internet]. 2008年 [cited 2026年6月24日]. Available at: https://www.japan-tunnel.org/files/images/report_zuri_chapter2.pdf
12.
土木学会 トンネル工学委員会. トンネル標準示方書 山岳工法・同解説(2006 年制定、p.154 主なずり運搬方式の比較) [Internet]. 2006年 [cited 2026年6月25日]. Available at: https://www.jsce.or.jp/publication/detail/detail.asp?id=2919