都市の地下から海の干潟へ — Crossrail のずり搬出と再利用
坑内搬送から水運・自然再生までを一気通貫で設計する
1 1. はじめに — 都市トンネルの制約
山岳の長大ベーストンネルが「距離・深さ・物量」と格闘するのに対し、都市トンネルが格闘するのは「地上の制約」である。 地上には密集した交通と建物があり、騒音・振動・粉じんへの近隣の目は厳しく、ダンプトラックの大量走行は許されない。
第 1 部で見たとおり、ずり搬送方式の選定は延長・断面・勾配・経済性・換気・安全性の関数だが (1)、都市ではここに「地上交通・環境・近隣との折り合い」という条件が重くのしかかる。 そのため都市トンネルでは、坑内搬送だけでなく、坑口から最終処分・再利用地までの場外搬出を含めた一気通貫の設計が肝になる。 ロンドンを東西に貫く Crossrail(エリザベス線)は、この一気通貫を、ずりの自然再生利用にまで結びつけた代表例である。
2 2. Crossrail 概要 — 700 万トンの 98 % を再利用
Crossrail の中央トンネル区間は、ロンドン中心部を東西に横断する約 42 km(東西 2 本のチューブ)で、8 台の TBM で掘削された (2)。 これらの TBM には、地質に応じて泥土圧式(EPBM)と泥水式(スラリー TBM)が混在していた。 ロンドンの地盤は、粘性のある London Clay(ロンドン粘土)と、白亜質のチョーク(chalk)が区間によって異なるため、それぞれに適した切羽保持方式が選ばれた。 泥土圧式・泥水式という切羽保持方式の違いは、第 1 部・第 2 部でも触れたシールド機分類の基本であり (3)、この違いが坑内のずり搬送のかたちを根本から分けることになる。
このプロジェクトで掘り出されたずりの総量は 700 万トンを超え、そのうち 98 % 超が有効利用された (4)。 「掘ったずりをほぼすべて活かす」という方針は、計画段階から目標として掲げられ、有効利用率は当初目標の 95 % を上回る水準で達成された (2)。 この高い再利用率を支えたのが、坑内搬送・場外搬出・再利用先までを一本の流れとして設計したことだった。
掘進そのものは、東西の区間で時期をずらして進められた。 西側の掘進は 2012 年 5 月、東側は 2012 年 11 月に始まっており (4)、それぞれの切羽から出るずりを、坑口・転送基地・水運・再利用地へと滞りなく流す物流が、掘進と並行して動き続けた。 都市の真下を掘る以上、ずりを坑外に出すスピードが掘進を律速する——この構図は、第 3 部の山岳ベーストンネルと変わらない。
3 3. 坑内から坑口へ — EPBM とスラリー TBM の搬送の違い
ずりの坑内搬送は、TBM の方式によって二つに分かれた。
泥土圧式(EPBM)の区間では、掘削土を固体のずりのまま運び出す。 シールド工事の一般的な流れと同じく、カッターヘッドで切削した土砂をスクリューコンベヤで排出し、後段のベルトコンベヤやずり運搬車へ受け渡す (5)。 Crossrail では、TBM 後方のベルトコンベヤでずりを後続台車へ送り、坑口で列車やローリーに積み替えた (4)。 都市の坑内搬送が立坑(発進立坑・到達立坑)を起点とする点は、国内の道路シールド——たとえば鹿児島東西道路が立坑で土砂搬出と資材搬入をまとめて担う構図 (6)——とも共通する。 この後方ベルトコンベヤは、第 1 部・第 3 部で見た連続ベルトコンベヤと同じ原理——切羽のずりを連続的に坑外へ運ぶ——に立っている (7)。
泥水式(スラリー TBM)の区間では、ずりの扱い方が根本的に異なる。 ここでは掘削土を泥水とともに管路で坑外へ圧送する——第 1 部で触れた流体輸送(スラリー)方式である (1)。 Crossrail では、チョーク(chalk)層を掘る区間でスラリー TBM を用い、ずりを泥水とともに坑外のスラリー処理プラントへ送って分離処理した (4)。 固体のずりを運ぶ EPBM 区間と、泥水で送るスラリー区間とでは、坑口から先の搬出ルートも自ずと変わってくる。
4 4. 多段の場外搬出 — テムズ川の水運を主役に
Crossrail の搬出戦略の核心は、ダンプトラックではなく水運を主役に据えたことである。 ずりの輸送は、トンキロ(輸送量×距離、per tonne-km)ベースで 80 % が鉄道または水運によって行われた (4)。 都市の道路にダンプトラックの列をつくらない——この一点が、近隣・環境との折り合いを成立させた。
搬出は多段で組まれた。 坑口で列車やローリーに積まれたずりは、転送基地へ運ばれる。 転送基地には、Docklands Transfer Site(DTS、Barking & Dagenham)、Northfleet(Kent)、Instone Wharf(東ロンドン)などがあり (4)、中間集積地として Northfleet が鉄道経由、Tilbury がローリー経由で位置づけられた (2)。 そこからテムズ川のバージ(はしけ)や海上船舶に積み替えられ、河口を下って再利用先へ向かう。 この水運の総量は約 2,000 回の船舶輸送に及んだ (4)。
水運を主役に据えた理由は、単に環境配慮だけではない。 一隻のバージは何百台ものダンプトラックに相当する量を一度に運べるため、都市の道路網に負荷をかけずに大量のずりをさばける。 ロンドンの中心を流れるテムズ川という既存の「水の高速道路」を活かしたことが、地上交通への影響を最小化しながら 700 万トン超のずりを動かす鍵になった。
5 5. ずり再利用 — Wallasea Island の塩性湿地造成
Crossrail のずりが最終的に向かった先で、最も象徴的なのが Wallasea Island(ウォラシー島)である。 Essex 州の海岸に位置するこの島で、英国王立鳥類保護協会(RSPB)が、旧農地を海面上まで盛土して塩性湿地・干潟・潟湖を再生する自然再生プロジェクトを進めていた (8)。 そこへ Crossrail のずりを充てる——掘削土を「廃棄物」ではなく「自然再生の材料」として活かす試みである。 土木の掘削土が自然保護区を生んだこの事例は、土木技術者にも広く紹介された (9)。
搬出量は、当初の計画と実績で差があった。 計画では 460 万トン(4.6M t)が Wallasea に充てられる予定だったが、最終的に運ばれたのは 300 万トン強(just over 3M t)で、これは総量 700 万トン超の約 43 % にあたる (4)。
陸揚げのために、Wallasea には専用の設備が築かれた。 受入船が着岸する 180 m の桟橋を設け、桟橋を構成する 800 トンの鋼製ポンツーン 2 基(各幅 15 m)と、長さ 800 m のコンベヤを組み合わせて、24 時間で最大 10,000 トンのずりを陸揚げできる能力を備えた (4)。 この桟橋・コンベヤは 2012 年 8 月に完成している (4)。 桟橋には 90 m・2,500 トン級の船 2 隻が同時に着岸でき、ピーク時には 1 日あたり 6 隻・8,000 トン規模の陸揚げが行われた (4)。 船で運ばれてきたずりが、桟橋からコンベヤで島内の造成地へ送られ、塩性湿地に姿を変えていった。 ロンドン中心部の地下から削り出された土が、テムズ川を下り、Essex の海辺で鳥の棲む干潟になる——「ずりの旅路」がこれほど明快に可視化された例は珍しい。
なお、ずりの行き先は Wallasea だけではなかった。 Ingrebourne Valley のゴルフ場造成、Fairlop Quarry の自然保全用の被覆(capping)、Pitsea の保護区・商業地盛土、Goshems Farm の放牧地など、複数の処分・再利用地へ振り分けられている (4)。 この水運を成立させる前提として、Crossrail は 2009 年 9 月にロンドン港湾局(Port of London Authority)と覚書(MOU)を結び、テムズ川のバージ・船舶輸送の活用を取り決めていた (4)。
6 6. 都市トンネルの教訓 — 山岳との対比から
Crossrail の搬送ロジスティクスから見えてくるのは、都市トンネルが「坑内搬送を最終再利用まで一本でつなぐ」設計思想に立っているということである。
第 3 部で見た山岳のベーストンネルと対比すると、ずり再利用の向かう先が対照的だ。 Gotthard はずりの約 1/3 を破砕して覆工コンクリートの骨材に再生し (10)、Brenner は材料を分級して A 級材をセグメント製造に再利用する (11)。 いずれも「ずりをトンネルの構造材に戻す」循環である。 一方の Crossrail は、ずりを海辺の自然再生という、まったく異なる用途へ循環させた。 山岳は構造材へ、都市は環境再生へ——同じ「ずりを捨てない」思想が、立地に応じて別々の出口を見つけている。
もうひとつの教訓は、搬送手段の選択がそのまま社会的受容性を左右することである。 ダンプトラックの大量走行に依存せず、per tonne-km の 80 % を鉄道・水運に乗せたこと (4)、そしてそれを港湾局との協定という制度的枠組みで支えたことが、都市の真下を掘る巨大プロジェクトを成立させた。 第 1 部で整理したとおり、方式選定は換気・安全・経済性・施工性の総合判断だが (12)、都市トンネルではそこに「地上の社会との折り合い」という軸が加わる。
そして、ここには物流(マテリアルハンドリング)という視点から見て興味深い構造がある。 Crossrail のずり搬出は、「発生源(切羽)→ 一次搬送(坑内)→ 集約(転送基地)→ 幹線輸送(水運)→ 最終処理(再利用)」という、多段の搬送ネットワークそのものだった。 これは、ゴミ収集や鉱石搬出といった他の搬出ロジスティクスと同じ構造をしている——発生源で集め、モードを乗り継ぎ、最後に処分・再利用へ届ける。 トンネルのずり搬出は、トンネル工学であると同時に、れっきとした物流設計の問題なのである。
トンネルを掘るとは、ずりを出すことであり、ずりを出すとは、それをどこへどう運び、最後に何に変えるかを設計することである。 国内の身近な現場から、アルプスの巨大ベーストンネル、そしてロンドンの都市トンネルまで——坑内搬送の方式分類という一本の軸でたどってきたこの連載は、その「ずりの旅路」を設計する技術の体系だった。
Crossrail のずり総量・有効利用率・Wallasea 搬出量(計画 460 万 t/実績 300 万 t 強)・陸揚げ設備は、Crossrail Learning Legacy の公式記録に基づく。Wallasea の搬出量は、計画段階を記した文書と最終的な実績を記録した文書とで前提が異なり、ここで示した計画 460 万 t・実績 300 万 t 強は、実績を含む公式記録(Excavated Materials Story)の値である。