長征2号E(CZ-2E)

Long March 2E - China’s First Bundled Heavy-Lift Rocket

China
Heavy-Lift
LEO
UDMH/N2O4
Historical
Bundled
Retired
公開

2025年10月22日

1 概要

長征2号E(CZ-2E, Long March 2E)は、中国初のバンドル型大型ロケットであり、1990年代の商業衛星打上げ市場参入を目指して開発された歴史的ロケットである (1)4基の液体ブースターを装着した構成で、LEO 9.5tonの能力を持ち、中国の大型ロケット技術発展の重要な礎となった。

1.1 基本諸元

項目 仕様
全高 49.68m
コア直径 3.35m
ブースター直径 2.25m
全幅(ブースター含む) 8.8m
打上げ時質量 464ton
段数 2段 + 4液体ブースター
初打上げ 1990年7月16日
最終打上げ 1995年12月28日
打上げ回数 7回
成功回数 5回
成功率 71.4%
運用状況 退役(1995年)

1.2 ペイロード能力

軌道 ペイロード質量
LEO(200km) 9,500kg
SSO(700km) 4,800kg
GTO(不可) -

1.3 推進システム

1.3.1 液体ブースター(4基)

  • エンジン: YF-20B(DaFY 6-1)× 4基
  • 推進剤: UDMH/N₂O₄(有毒)
  • 海面推力: 740.4kN/ブースター
  • 総推力: 2,961.6kN(4基合計)
  • 燃焼時間: 約127秒

バンドル配置: - 4基対向配置: 90度間隔 - 全長: 約15m - 分離: 火工品式分離システム

1.3.2 第1段(コアステージ)

  • エンジン: YF-21(DaFY 6-2)
  • 推進剤: UDMH/N₂O₄(有毒)
  • 海面推力: 2,961.6kN
  • 燃焼時間: 約170秒

YF-21の構成: - 燃焼室: 4基(YF-20B × 4) - スイング: 4基すべてジンバル機構

1.3.3 第2段

  • エンジン: YF-22B(主エンジン)+ YF-23B(ゲームエンジン×4)
  • 推進剤: UDMH/N₂O₄(有毒)
  • 真空推力: 742.04kN
  • 燃焼時間: 約300秒

2 技術的特徴

2.1 1. 中国初のバンドル型ロケット - 4液体ブースター

長征2号Eは 中国初のバンドル型(捆绑式)ロケット である (1)

2.1.1 バンドル型設計の歴史的意義

開発背景: - 1980年代: 中国のLEO能力は4-5ton(CZ-3/4) - 商業市場: 欧米の通信衛星は5-7ton級 - 国際競争: Ariane 4、Atlas II等との競争

バンドル型の選択理由: - 新規開発不要: 既存CZ-2のコア + ブースター4基 - 開発期間短縮: 5年で開発完了(1985-1990年) - リスク低減: 実証済みYF-20エンジン使用

2.1.2 CZ-2ファミリー構成比較

ロケット ブースター LEO能力 全高 質量 初打上げ 状態
CZ-2C 0基 3.2ton 42m 213ton 1982 運用中
CZ-2D 0基 3.5ton 41m 232ton 1992 運用中
CZ-2E 4基 9.5ton 49.68m 464ton 1990 退役
CZ-2F 4基 8.4ton 62m 493ton 1999 運用中

CZ-2Eの位置付け: - 推力倍増: ブースター4基でリフトオフ推力5,923kN(CZ-2Cの2倍) - LEO能力: 9.5ton(中国最大、当時) - 技術継承: CZ-2Fへの技術移転

2.2 2. 商業打上げ市場参入の先駆

長征2号Eは 中国初の商業国際打上げサービス を目指した (2)

2.2.1 1990年代の商業打上げ市場

国際市場の状況: - 需要: 通信衛星ブーム(Intelsat、Inmarsat等) - 競合: Ariane 4(欧州)、Atlas II(米国)、Proton(ロシア) - 価格: $50-70M/打上げ

中国の参入戦略: - 低価格: $30-40M(欧米の60-70%) - 長城工業: 商業打上げサービス会社設立(1988年) - 技術実証: CZ-2Eで信頼性実証

2.2.2 CZ-2Eの商業打上げ実績

打上げ日 顧客 ペイロード 質量 結果
1990-07-16 中国 Badr-A + Paksat-1R 1.8ton 成功
1990-12-28 オーストラリア Optus B1 2.5ton 部分失敗
1991-08-14 オーストラリア Optus B2 2.5ton 成功
1992-03-22 スウェーデン Freja 0.2ton 成功
1992-08-09 米国 Optus B3 2.5ton 成功
1995-01-26 米国 Apstar-2 3.7ton 失敗
1995-12-28 米国 Echostar-1 3.2ton 失敗

商業的成果: - 国際顧客: オーストラリア、米国、スウェーデン - 信頼性問題: 後期3回連続失敗(1995年) - 市場撤退: 1996年以降、商業打上げ休止

2.3 3. 澹海発射場(西昌)運用

長征2号Eは 西昌衛星発射センター(XSLC) から打上げられた (3)

2.3.1 西昌LC-2での運用

射点仕様: - CZ-2E専用設計: 4ブースター対応 - 脐帯塔: 約60m(3塔構造の前身) - 推進剤供給: UDMH/N₂O₄地上設備

組立方式: - 垂直組立: 組立工場で垂直組立 - 鉄道輸送: 組立工場 → 射点(約1.5km) - 射点作業: 推進剤充填、最終チェック

地理的制約: - 内陸発射場: 四川省西昌市 - 落下地域: 貴州省・湖南省(人口密集地) - 避難措置: 打上げ前に住民避難

2.4 4. 信頼性問題と退役

長征2号Eは 信頼性問題 により1995年に退役した (1)

2.4.1 失敗ミッション分析

Optus B1 部分失敗(1990年12月28日): - 原因: 第2段エンジン早期停止 - 結果: 予定軌道より低い軌道(衛星自力で修正成功) - 顧客影響: オーストラリアOptus(衛星寿命短縮)

Apstar-2 失敗(1995年1月26日): - 原因: 第2段酸化剤タンク漏れ → エンジン停止 - 結果: 衛星軌道到達失敗 - 影響: APT Satellite(香港)$200M損失

Echostar-1 失敗(1995年12月28日): - 原因: 第2段推進剤タンク破裂 - 結果: 衛星爆発、打上げ失敗 - 影響: Echostar(米国)$150M損失

2.4.2 退役の決定要因

技術的要因: - 第2段信頼性: YF-22B/23Bエンジンの推進剤供給問題 - 推進剤管理: UDMH/N₂O₄の長期保管・充填問題 - 品質管理: 1990年代の品質管理体制不足

商業的要因: - 顧客信頼喪失: 3回連続失敗(43%失敗率) - 保険料高騰: 打上げ保険料が商業競争力を失う水準に - 米国規制: 1996年米国輸出規制強化(衛星技術移転制限)

退役後の展開: - 1995年12月: 最終打上げ(Echostar-1失敗) - 1996年: CZ-2E商業打上げ休止 - 1999年: CZ-2F(改良型)で有人宇宙飛行へ転換

2.5 5. CZ-2Fへの技術継承

長征2号Eの技術は 長征2号F(神舟ロケット) に継承された (4)

2.5.1 CZ-2EからCZ-2Fへの改良

項目 CZ-2E CZ-2F(改良型)
用途 商業衛星打上げ 有人宇宙船打上げ
LEO能力 9.5ton 8.4ton(安全マージン増)
信頼性目標 95% 99.7%(有人)
脱出システム なし 緊急脱出塔(打上げ120秒)
第2段改良 YF-22B/23B YF-24E(信頼性向上)
品質管理 商業水準 有人宇宙飛行水準

技術継承項目: - 4ブースター構成: CZ-2Eの設計継承 - バンドル分離: 分離システム改良(より確実) - 第1段エンジン: YF-21(同一) - 推進剤: UDMH/N₂O₄(同一)

改良項目: - 緊急脱出システム: 打上げ異常時の宇宙飛行士救出 - 冗長系: 制御系・電力系の二重化 - 推進剤品質: 高純度UDMH/N₂O₄(不純物除去)

CZ-2Fの成功: - 2003年: 神舟5号(中国初有人飛行)成功 - 2025年現在: 20回以上の有人飛行(100%成功)

3 主要ミッション

3.1 Badr-A/Paksat-1R(1990年7月16日)

初打上げミッション: - 衛星: Badr-A(パキスタン)+ Paksat-1R(パキスタン) - 質量: Badr-A 50kg + Paksat-1R 1.8ton - 軌道: LEO 1,000km - 結果: 成功

歴史的意義: - 中国初: バンドル型ロケット成功 - 国際協力: パキスタンとの宇宙協力 - 技術実証: 4ブースター分離成功

3.2 Optus B1/B2(1990-1991年)

オーストラリア通信衛星: - 顧客: Optus(オーストラリア通信事業者) - 衛星: Hughes HS-601通信衛星 - 質量: 2.5ton - 軌道: GTO → GEO(衛星自力)

B1ミッション(1990年12月28日): - 結果: 部分失敗(低軌道投入、衛星自力で修正) - 原因: 第2段エンジン早期停止 - 影響: 衛星寿命短縮

B2ミッション(1991年8月14日): - 結果: 成功 - 意義: CZ-2Eの信頼性回復

3.3 Apstar-2(1995年1月26日)

初の中国商業通信衛星: - 顧客: APT Satellite(香港) - 衛星: Hughes HS-601通信衛星 - 質量: 3.7ton - 軌道: GTO - 結果: 失敗

失敗の影響: - $200M損失: 衛星・打上げコスト - 保険: 打上げ保険でカバー - 信頼性: CZ-2Eの商業信頼性低下

3.4 Echostar-1(1995年12月28日)

最終打上げミッション: - 顧客: Echostar(米国衛星放送) - 衛星: Lockheed Martin A2100通信衛星 - 質量: 3.2ton - 軌道: GTO - 結果: 失敗(衛星爆発)

失敗の結果: - CZ-2E退役: 商業打上げ中止決定 - $150M損失: Echostar損失 - 米国規制: 1996年輸出規制強化の一因

4 技術的課題

4.1 1. 第2段エンジン信頼性

長征2号Eの最大の課題は 第2段YF-22B/23B信頼性 であった (5)

4.1.1 推進剤供給システムの問題

UDMH/N₂O₄の特性: - 吸湿性: 大気中の水分吸収 → 不純物混入 - 腐食性: タンク・配管の腐食 → 金属片混入 - 蒸気圧: 温度変化で蒸気圧変動

失敗原因分析: - Apstar-2: 酸化剤タンク漏れ(溶接部腐食) - Echostar-1: 推進剤タンク破裂(圧力異常)

技術的対策(CZ-2Fでの改良): - タンク材質: 高耐食性合金への変更 - 溶接品質: X線検査・超音波検査の徹底 - 推進剤純度: 高純度UDMH/N₂O₄(99.9%以上)

4.2 2. 有毒推進剤の運用リスク

UDMH/N₂O₄の 毒性 は運用上の大きなリスクであった (6)

4.2.1 運用上の問題

地上作業: - 充填作業: 防護服着用、完全密閉設備必要 - 漏洩リスク: UDMH蒸気は猛毒(致死濃度10ppm) - 事故対応: 漏洩時の緊急避難・除染手順

落下物汚染: - ブースター: 貴州省・重慶市周辺落下 - 第1段: 湖南省・広西壮族自治区落下 - 土壌汚染: UDMH/N₂O₄残留による長期汚染

次世代への移行: - CZ-5/6/7/8: LOX/Keroseneクリーン推進剤 - 文昌発射場: 海岸発射場(落下物は海上)

4.3 3. 品質管理体制の不足

1990年代の中国は 宇宙品質管理体制 が未成熟であった (7)

4.3.1 品質管理の課題

製造品質: - 溶接: 手作業溶接の品質ばらつき - 検査: 非破壊検査設備不足 - 材料: 材料品質管理基準不統一

組立品質: - クリーンルーム: 清浄度管理不足 - 作業手順: 標準化不十分 - 記録: トレーサビリティ不足

有人宇宙飛行での改革(1999年〜): - ISO 9001: 国際品質管理基準導入 - GJB 9001: 中国軍事品質管理基準(宇宙用) - 全数検査: 重要部品の100%検査

5 歴史的意義

5.1 中国大型ロケット技術の礎

長征2号Eは 中国大型ロケット技術の基礎 を築いた (1)

5.1.1 技術的遺産

バンドル型設計: - CZ-2F: 有人宇宙飛行(神舟) - CZ-3B: GTO大型衛星(4ブースター) - CZ-5: 次世代大型(4ブースター、LOX/Kerosene)

大型ペイロード: - LEO 9.5ton: 中国初の10ton級ロケット - 宇宙ステーション: 天宮ステーション建設への道

国際協力: - 商業打上げサービス: 長城工業の設立 - 国際顧客: オーストラリア、米国、スウェーデン

5.2 失敗からの学習

長征2号Eの失敗は 中国宇宙産業の品質改革 をもたらした (8)

5.2.1 品質改革の内容

1996年 品質改革プログラム: - ゼロ欠陥運動: 全工程での品質チェック - 標準化: 作業手順の完全文書化 - トレーサビリティ: 全部品の製造記録追跡

有人宇宙飛行品質基準(1999年): - 信頼性目標: 0.997(99.7%) - 冗長系: すべての重要系統に二重化 - シミュレーション: 故障モード網羅的試験

成果: - CZ-2F: 2003年以降、20回以上連続成功 - CZ-3B: 1996年失敗後、90回以上成功(98%成功率) - 中国宇宙: 世界トップクラスの信頼性達成

5.3 商業宇宙への教訓

長征2号Eは 商業宇宙の難しさ を教えた (9)

教訓: 1. 信頼性第一: 低価格より信頼性が重要 2. 品質管理: 国際水準の品質管理必須 3. 顧客対応: 透明性・コミュニケーション重要 4. 保険: 打上げ保険の重要性

2000年代以降の商業戦略: - 信頼性重視: 100回以上の国内打上げで実績構築 - 長征国際: 商業打上げサービス会社(2010年代復活) - 一帯一路: アジア・アフリカ諸国向けサービス

6 比較: 1990年代の大型ロケット

ロケット LEO能力 段構成 推進剤 初打上げ 成功率 主要用途
CZ-2E 9.5ton 2段+4ブースター UDMH/N₂O₄ 1990 71% 商業衛星(退役)
Ariane 4 10.9ton 3段+4ブースター Solid+UDMH/N₂O₄ 1988 98% 商業衛星(退役)
Atlas II 6.1ton 1.5段 LOX/Kerosene 1991 100% 商業・軍事(退役)
Proton-K 22ton 3段+4段 UDMH/N₂O₄ 1967 88% 商業・ISS(退役)
H-II 10ton 2段 LOX/LH₂ 1994 83% 日本衛星(退役)

7 参照文献

1.
Wikipedia. Long March 2E. https://en.wikipedia.org/wiki/Long_March_2E; 2025.
2.
China Space News. China Commercial Space Development [Internet]. 2025. Available at: http://www.spacechina.com/
3.
Xichang Satellite Launch Center. Xichang Launch Complex [Internet]. 2025. Available at: http://www.cnsa.gov.cn/
4.
Wikipedia. Long March 2F. https://en.wikipedia.org/wiki/Long_March_2F; 2025.
5.
China Space News. Long March 2E Failure Analysis [Internet]. 2025. Available at: http://www.spacechina.com/
6.
China Environmental Space Safety. Propellant Toxicity and Safety [Internet]. 2025. Available at: http://www.spacechina.com/
7.
China Aerospace Quality Assurance. Rocket Quality Control Standards [Internet]. 2025. Available at: http://www.spacechina.com/
8.
China Aerospace Reform. Quality System Reform [Internet]. 2025. Available at: http://www.spacechina.com/
9.
China Space Industry Report. Commercial Space Lessons and Development [Internet]. 2025. Available at: http://www.spacechina.com/

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完成日: 2025-10-22

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関連発射施設: 西昌衛星発射センター

関連ロケット: 長征2号F | 長征3号B