長征3号(CZ-3)
Long March 3 - China’s First Cryogenic Upper Stage Rocket
1 概要
長征3号(CZ-3, Long March 3)は、中国初の極低温第3段搭載ロケットであり、中国の静止衛星打上げ能力を確立した歴史的ロケットである (1)。YF-73極低温エンジン(LOX/LH₂) を第3段に搭載し、GTO 1.6tonの能力で、1984年から2000年まで13回の打上げを成功させた。
1.1 基本諸元
| 項目 | 仕様 |
|---|---|
| 全高 | 43.25m |
| コア直径 | 3.35m |
| 打上げ時質量 | 202ton |
| 段数 | 3段 |
| 初打上げ | 1984年1月29日 |
| 最終打上げ | 2000年5月11日 |
| 打上げ回数 | 13回 |
| 成功回数 | 13回 |
| 成功率 | 100% |
| 運用状況 | 退役(2000年) |
1.2 ペイロード能力
| 軌道 | ペイロード質量 |
|---|---|
| GTO(200×36000km) | 1,600kg |
| LEO(200km) | 5,000kg |
| SSO(700km) | 2,800kg |
1.3 推進システム
1.3.1 第1段
- エンジン: YF-21(DaFY 6-2)
- 推進剤: UDMH/N₂O₄(有毒)
- 海面推力: 2,961.6kN
- 燃焼時間: 約130秒
YF-21の構成: - 燃焼室: 4基(YF-20B × 4) - スイング: 4基すべてジンバル機構
1.3.2 第2段
- エンジン: YF-22(主エンジン)+ YF-23(ゲームエンジン×4)
- 推進剤: UDMH/N₂O₄(有毒)
- 真空推力: 742.04kN
- 燃焼時間: 約115秒
1.3.3 第3段(極低温)
- エンジン: YF-73(LOX/LH₂)
- 推進剤: 液体酸素/液体水素(極低温)
- 真空推力: 44.1kN
- 真空比推力: 427秒
- 燃焼時間: 約350秒(2回着火可能)
YF-73の特徴: - 中国初: 極低温推進剤使用(1984年) - 温度: LH₂ -253°C、LOX -183°C - 2回着火: GTO投入時の近地点・遠地点上昇 - 高比推力: UDMH/N₂O₄の約1.5倍
2 技術的特徴
2.1 1. 中国初の極低温ロケット - YF-73エンジン
長征3号は 中国初の極低温推進剤ロケット である (1):
2.1.1 極低温技術の開発
開発背景(1970年代): - GTO需要: 中国初の静止通信衛星(東方紅2号)打上げ計画 - 技術不足: UDMH/N₂O₄のみではGTO到達困難 - 国際技術: 米国(Centaur)、欧州(HM-7)の極低温技術
YF-73開発(1975-1984年): - 開発期間: 9年(1975-1984年) - 技術課題: 極低温推進剤貯蔵、断熱、再着火 - 試験: 上海航天技術研究院(SAST)で開発
2.1.2 極低温技術の挑戦
液体水素(LH₂)の特性: - 温度: -253°C(20K) - 密度: 71kg/m³(水の1/14) - 蒸発: 常温で急速蒸発 → 断熱必須
技術的課題: - 断熱タンク: 真空断熱 + 多層断熱材(MLI) - 推進剤充填: 打上げ直前充填(蒸発損失最小化) - 再着火: 軌道上での2回目着火(GTO投入)
YF-73の解決策: - 膨張サイクル: 推進剤自身で冷却 - 電気点火: 信頼性高い点火方式 - 姿勢制御: ジンバル機構
2.1.3 極低温推進剤の利点
| 推進剤 | 真空比推力 | 密度 | 温度 | 貯蔵性 |
|---|---|---|---|---|
| LOX/LH₂ | 427秒 | 低 | -253°C | 困難 |
| UDMH/N₂O₄ | 289秒 | 高 | 常温 | 容易 |
| LOX/Kerosene | 340秒 | 中 | -183°C | 中 |
GTO投入での優位性: - 高比推力: 同じ推進剤質量で1.5倍の速度増分 - 軽量化: 第3段質量削減 → ペイロード増加
2.2 2. GTO投入能力の確立 - 東方紅2号
長征3号は 中国初の静止衛星打上げ を成功させた (2):
2.2.1 東方紅2号通信衛星
衛星仕様: - 質量: 約1.0ton - 軌道: GTO → GEO(衛星自力) - 用途: 国内通信・放送
東方紅2号01星(1984年4月8日): - ロケット: CZ-3初号機 - 結果: 成功(中国初のGTO打上げ) - 軌道: GTO 204×36185km - 歴史的意義: 中国の静止衛星技術確立
東方紅2号02星(1984年2月1日): - 試験打上げ: 実験通信衛星 - 結果: 成功 - 目的: CZ-3の信頼性実証
2.2.2 GTO打上げシーケンス
打上げフェーズ: 1. 第1段燃焼: 0-130秒、高度40km到達 2. 第2段燃焼: 130-245秒、準軌道速度 3. 第3段第1回燃焼: 245-420秒、近地点200km到達 4. 滑空フェーズ: 420-1500秒、近地点通過 5. 第3段第2回燃焼: 1500-1850秒、遠地点36000km到達
2回燃焼の意義: - 近地点上昇: 第1回燃焼でLEO → 楕円軌道 - 遠地点上昇: 第2回燃焼(近地点通過時)で遠地点36000km
2.3 3. 100%成功率 - 13回連続成功
長征3号は 13回連続成功(100%成功率) の完璧な記録を持つ (1):
2.3.1 打上げ実績(1984-2000年)
| 打上げ日 | ミッション | ペイロード | 質量 | 結果 |
|---|---|---|---|---|
| 1984-01-29 | 試験1号 | 実験衛星 | 0.7ton | 成功 |
| 1984-04-08 | 東方紅2号01星 | 通信衛星 | 1.0ton | 成功 |
| 1986-02-01 | 東方紅2号02星 | 通信衛星 | 1.0ton | 成功 |
| 1988-03-07 | 東方紅2号A | 通信衛星 | 1.2ton | 成功 |
| 1988-12-22 | 東方紅2号A-2 | 通信衛星 | 1.2ton | 成功 |
| 1990-02-04 | 東方紅2号A-3 | 通信衛星 | 1.2ton | 成功 |
| 1990-07-16 | Asiasat 1 | 通信衛星(香港) | 1.2ton | 成功 |
| 1991-11-28 | 東方紅2号A-4 | 通信衛星 | 1.2ton | 成功 |
| 1994-07-21 | Apstar-1 | 通信衛星(香港) | 1.3ton | 成功 |
| 1994-11-29 | 東方紅2号A-5 | 通信衛星 | 1.2ton | 成功 |
| 1997-05-11 | 東方紅3号 | 通信衛星 | 2.2ton | 成功 |
| 1998-05-30 | 中衛1号 | 通信衛星 | 1.5ton | 成功 |
| 2000-05-11 | 風雲2号A | 気象衛星 | 1.4ton | 成功 |
成功の要因: - 慎重な開発: YF-73極低温エンジンの徹底試験 - 保守的設計: 実証済み技術の活用(第1-2段はCZ-2と同一) - 品質管理: 打上げ前の厳格な検査
2.4 4. 西昌発射場LC-2運用
長征3号は 西昌衛星発射センター(XSLC)LC-2 から打上げられた (3):
2.4.1 西昌LC-2の特徴
射点仕様: - 脐帯塔: 約60m - 推進剤供給: UDMH/N₂O₄、LOX/LH₂ - 極低温設備: LH₂液化・貯蔵設備
組立方式: - 垂直組立: 組立工場で垂直組立 - 鉄道輸送: 組立工場 → 射点(約1.5km) - LH₂充填: 打上げ4-6時間前に充填開始
地理的利点: - 低緯度: 北緯28.2度(GTO投入に有利) - 東方打上げ: 赤道方向(地球自転利用)
2.4.2 極低温運用の課題
液体水素の蒸発: - 蒸発率: 約1%/時間 - 充填時間: 4-6時間 - 打上げウィンドウ: 蒸発損失により限定的
安全管理: - 水素爆発リスク: 空気との混合で爆発 - 低温火傷: -253°Cの液体水素 - 換気: 水素ガス検知・換気システム
2.5 5. CZ-3Aシリーズへの技術継承
長征3号の技術は 長征3号Aシリーズ に継承された (4):
2.5.1 CZ-3からCZ-3Aへの進化
| 項目 | CZ-3 | CZ-3A(後継機) |
|---|---|---|
| GTO能力 | 1.6ton | 2.6ton(63%増) |
| 第3段エンジン | YF-73(44.1kN) | YF-75(167.17kN)(3.8倍) |
| 全高 | 43.25m | 52.52m |
| 質量 | 202ton | 241ton |
| 初打上げ | 1984 | 1994 |
技術継承項目: - 極低温技術: YF-73の経験 → YF-75開発 - 2回着火: GTO投入シーケンス - 西昌LC-2: 発射場設備
改良項目: - YF-75エンジン: 推力3.8倍、信頼性向上 - 第3段タンク: 容量増加 - 制御系: デジタル制御系導入
CZ-3Aシリーズの展開: - CZ-3A: GTO 2.6ton、ブースターなし(1994年〜) - CZ-3B: GTO 5.5ton、4ブースター(1996年〜) - CZ-3C: GTO 3.7ton、2ブースター(2008年〜)
3 主要ミッション
3.1 東方紅2号通信衛星シリーズ
東方紅2号プロジェクト: - 開発: 中国空間技術研究院(CAST) - 目的: 国内通信・放送インフラ構築 - 軌道: 静止軌道(GEO)
衛星仕様: - 質量: 約1.0-1.2ton - 設計寿命: 3-5年 - 通信容量: Cバンド トランスポンダー - カバレッジ: 中国全土
打上げ実績: - 01星(1984年): 中国初の静止通信衛星 - 02星(1986年): バックアップ衛星 - A型(1988-1991年): 3機、容量増強型
社会的影響: - 国内通信: 遠隔地への通信サービス - 放送: 中央電視台(CCTV)の全国放送 - 技術独立: 外国衛星依存からの脱却
3.2 Asiasat 1 商業打上げ(1990年)
初の国際商業打上げ: - 顧客: Asia Satellite Telecommunications(香港) - 衛星: Westar 6(米国製、修理後) - 質量: 1.2ton - 打上げ日: 1990年7月16日
歴史的意義: - 商業打上げ: CZ-3初の国際商業ミッション - 成功: 中国ロケットの国際信頼性実証 - 市場参入: アジア商業衛星市場への参入
3.3 風雲2号A 気象衛星(2000年)
最終打上げミッション: - 衛星: 風雲2号A(静止気象衛星) - 質量: 1.4ton - 打上げ日: 2000年5月11日 - 結果: 成功
風雲2号の意義: - 気象観測: 静止軌道からの連続観測 - 台風監視: アジア太平洋地域の台風追跡 - 国際協力: WMO(世界気象機関)データ提供
CZ-3の退役: - 後継機: CZ-3A(GTO 2.6ton) - 理由: ペイロード能力不足(1.6ton → 2-3ton級衛星需要)
4 技術的課題
4.1 1. ペイロード能力の限界
長征3号の GTO 1.6ton は1990年代には不足となった (5):
4.1.1 衛星大型化の傾向
1980年代の通信衛星: - 東方紅2号: 1.0-1.2ton - Asiasat 1: 1.2ton
1990年代の通信衛星: - 東方紅3号: 2.2ton(CZ-3で打上げ限界) - Apstar-2: 3.7ton(CZ-3では不可) - 国際標準: 3-5ton級が主流
CZ-3の限界: - YF-73推力: 44.1kN(小型) - 第3段質量: 推進剤容量限定的 - 後継機必要: CZ-3A開発(1994年)
4.2 2. 極低温推進剤の運用コスト
液体水素の 蒸発損失 は運用コストを増加させた (6):
4.2.1 運用コストの内訳
液体水素製造: - 液化コスト: 電力消費大(水素冷却に大量電力) - 純度: 99.99%高純度水素必要 - 製造能力: 西昌発射場でのLH₂製造設備
蒸発損失: - 貯蔵損失: 1%/時間の蒸発 - 充填損失: タンク冷却時の蒸発 - 総損失: 打上げあたり推進剤の20-30%
運用時間: - 充填開始: 打上げ6時間前 - 打上げウィンドウ: 2-3時間(蒸発損失により限定)
次世代での改善(CZ-3A): - YF-75: 効率向上(推力3.8倍) - 断熱改善: タンク断熱性能向上 - 充填システム: 自動化・高速化
4.3 3. 有毒推進剤の環境問題
第1-2段の UDMH/N₂O₄ は環境問題を引き起こした (7):
4.3.1 落下物汚染
落下地域: - 第1段: 貴州省東部 - 第2段: 湖南省西部 - 住民: 人口密集地域
汚染: - UDMH: 発がん性、土壌・水質汚染 - N₂O₄: 酸化剤、呼吸器障害 - 長期影響: 落下地点周辺の環境汚染
対策(2000年代以降): - CZ-7A: 全段クリーン推進剤(LOX/Kerosene + LOX/LH₂) - 文昌発射場: 海岸発射場(落下物は海上)
5 歴史的意義
5.1 中国極低温ロケット技術の始祖
長征3号は 中国極低温ロケット技術の始祖 である (1):
5.1.1 技術的遺産
YF-73エンジン: - 1984年: 中国初の極低温エンジン実用化 - 技術継承: YF-75(CZ-3A/B/C)、YF-77(CZ-5/7)へ
極低温運用技術: - 西昌LC-2: 極低温推進剤運用設備 - 液化設備: LH₂製造・貯蔵技術 - 安全管理: 水素安全運用ノウハウ
後継ロケット: | ロケット | 第3段エンジン | 推力 | 初打上げ | 状態 | |———|————|——|———|——| | CZ-3 | YF-73 | 44.1kN | 1984 | 退役 | | CZ-3A/B/C | YF-75 | 167.17kN | 1994 | 運用中 | | CZ-5 | YF-77 | 700kN×2 | 2016 | 運用中 | | CZ-7 | YF-115 | 180kN | 2016 | 運用中 |
5.2 中国静止衛星能力の確立
長征3号は 中国の静止衛星運用能力 を確立した (2):
5.2.1 通信インフラの構築
東方紅2号システム: - 1984-1991年: 6機の静止通信衛星 - カバレッジ: 中国全土 - 通信容量: Cバンド トランスポンダー
社会的影響: - 遠隔地通信: チベット・新疆等の辺境地域 - 教育: 遠隔教育システム - 放送: CCTV全国放送網
技術独立: - 外国依存脱却: Intelsat等の外国衛星依存から独立 - 国家安全: 独自通信インフラ
5.3 100%成功率の記録
長征3号の 13回連続成功(100%成功率) は中国ロケット史上の金字塔である (1):
5.3.1 成功の要因分析
技術的要因: - 徹底試験: YF-73エンジンの地上試験(100回以上) - 保守的設計: 実証済み技術の活用 - 品質管理: 打上げ前検査の徹底
運用的要因: - 慎重な運用: 打上げスケジュール無理なし - 経験蓄積: 打上げごとの教訓反映 - 西昌LC-2: 専用射点での運用習熟
組織的要因: - 一貫体制: 上海航天技術研究院(SAST)主導 - 品質文化: 「ゼロ欠陥」の品質意識 - 国家プロジェクト: 国家威信をかけた慎重運用
6 退役後の展開
6.1 CZ-3Aシリーズへの完全移行
2000年: CZ-3最終打上げ後、CZ-3Aシリーズへ完全移行 (4)
移行の理由: - ペイロード: 1.6ton → 2.6ton(CZ-3A) - 信頼性: YF-75エンジンの実証済み(1994年以降) - 市場需要: 2-3ton級衛星が主流
CZ-3Aシリーズの成功: - CZ-3A: 40回以上成功(98%成功率) - CZ-3B: 90回以上成功(98%成功率) - CZ-3C: 20回連続成功(100%成功率)
6.2 歴史的ロケットとしての評価
中国宇宙史における位置付け: - 技術突破: 極低温推進剤の実用化 - 静止衛星: GTO打上げ能力確立 - 完璧な記録: 13回連続成功(100%)
国際的評価: - 技術水準: 1980年代の世界水準達成 - 信頼性: 欧米のAriane 1/2と同等 - 商業市場: Asiasat等の国際顧客獲得
7 比較: 1980-90年代の極低温ロケット
| ロケット | GTO能力 | 第3段 | 推進剤 | 初打上げ | 成功率 | 打上げ回数 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| CZ-3 | 1.6ton | YF-73 | LOX/LH₂ | 1984 | 100% | 13回 |
| Ariane 1 | 1.8ton | HM-7 | LOX/LH₂ | 1979 | 83% | 11回 |
| Ariane 2 | 2.2ton | HM-7 | LOX/LH₂ | 1986 | 100% | 6回 |
| Atlas Centaur | 2.3ton | RL10×2 | LOX/LH₂ | 1962 | 95% | 100+回 |
| H-I | 0.55ton | LE-5 | LOX/LH₂ | 1986 | 100% | 9回 |
8 参照文献
ファイルパス: C:\Users\xprin\github\tech-research-portfolio\projects\rockets_facilities\docs\rockets\china\CZ-3.qmd
完成日: 2025-10-22
対応YAMLデータ: C:\Users\xprin\github\tech-research-portfolio\projects\rockets_facilities\data\rockets\china\CZ-3.yaml
関連発射施設: 西昌衛星発射センター