長征9号(CZ-9)
Long March 9 - China’s Future Super-Heavy-Lift Rocket
1 概要
長征9号(CZ-9, Long March 9)は、中国が開発中の超大型ロケットであり、LEO 150ton、月面50tonの能力を目指す次世代宇宙輸送システムである (1)。2030年代初頭の初打上げを目標とし、中国の 有人月面着陸、火星探査、宇宙ステーション拡張 を支える戦略的ロケットである。
1.1 基本諸元(計画値)
| 項目 | 仕様 |
|---|---|
| 全高 | 約110m |
| コア直径 | 10.0m |
| ブースター直径 | 5.0m × 4基 |
| 全幅(ブースター含む) | 約20m |
| 打上げ時質量 | 約4,000ton |
| 段数 | 2.5段 + 4ブースター |
| 初打上げ(計画) | 2033年 |
| 開発状況 | 開発中 |
1.2 ペイロード能力(計画値)
| 軌道 | ペイロード質量 |
|---|---|
| LEO(400km) | 150,000kg |
| GTO | 50,000kg |
| TLI(月遷移軌道) | 50,000kg |
| TMI(火星遷移軌道) | 37,000kg |
| 月面着陸質量 | 50,000kg |
1.3 推進システム(計画値)
1.3.1 ブースター(4基)
- エンジン: YF-135(LOX/Kerosene)× 4基/ブースター
- 推進剤: 液体酸素/ケロシン(RP-1)
- 海面推力: 500kN/基 × 4 = 2,000kN/ブースター
- 総推力: 8,000kN(4ブースター合計)
- 燃焼時間: 約180秒
1.3.2 第1段(コアステージ)
- エンジン: YF-135(LOX/Kerosene)× 6-10基
- 推進剤: 液体酸素/ケロシン(RP-1)
- 海面推力: 3,000-5,000kN
- 燃焼時間: 約200秒
1.3.3 第2段
- エンジン: YF-90(LOX/LH₂)× 2基
- 推進剤: 液体酸素/液体水素(極低温)
- 真空推力: 1,000kN × 2 = 2,000kN
- 真空比推力: ~450秒
- 燃焼時間: 約450秒
1.3.4 第3段(オプション)
- エンジン: YF-79(LOX/LH₂)× 1-2基
- 推進剤: 液体酸素/液体水素(極低温)
- 真空推力: 200kN
- 用途: 深宇宙ミッション(月・火星)
2 技術的特徴
2.1 1. 超大型推力 - Saturn V級
長征9号は Saturn V級の超大型推力 を目指す (1):
2.1.1 世界の超大型ロケット比較
| ロケット | LEO能力 | 月面能力 | リフトオフ推力 | 全高 | 初打上げ | 状態 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| CZ-9 | 150ton | 50ton | ~50,000kN | 110m | 2033年(計画) | 開発中 |
| Saturn V | 140ton | 45ton | 34,020kN | 110.6m | 1967 | 退役 |
| Starship/SH | 150-250ton | 100+ton | 72,000kN | 121m | 2023 | 開発中 |
| SLS Block 2 | 130ton | 40ton | 39,140kN | 111m | 2024〜 | 開発中 |
| Energia | 100ton | - | 35,000kN | 58.8m | 1987 | 退役 |
CZ-9の位置付け: - 能力: Saturn V・SLS Block 2と同等 - 推力: 50,000kN(Starshipの70%、Saturn Vの1.5倍) - 用途: 有人月面着陸、火星探査
2.1.2 リフトオフ推力構成
推力配分(計画値): - ブースター4基: 8,000kN(16%) - 第1段コア: 42,000kN(84%) - 合計: 約50,000kN
比較(Falcon Heavy): - Falcon Heavy: 22,819kN - CZ-9: 50,000kN(2.2倍)
2.2 2. 全段クリーン推進剤 - 環境配慮型
長征9号は 全段クリーン推進剤 を使用する (2):
2.2.1 推進剤構成
| 段 | 推進剤 | 理由 |
|---|---|---|
| ブースター | LOX/Kerosene | 高密度、高推力、クリーン |
| 第1段 | LOX/Kerosene | 高密度、高推力、クリーン |
| 第2段 | LOX/LH₂ | 高比推力、クリーン |
| 第3段 | LOX/LH₂ | 高比推力、深宇宙用 |
環境優位性: - 無毒: UDMH/N₂O₄不使用 - 燃焼生成物: CO₂ + H₂O(水蒸気)のみ - 落下汚染: 環境影響最小
2.2.2 CZ-5との比較
| ロケット | ブースター | 第1段 | 第2段 | 環境 |
|---|---|---|---|---|
| CZ-5 | LOX/Kerosene | LOX/LH₂ | LOX/LH₂ | ✅ クリーン |
| CZ-9 | LOX/Kerosene | LOX/Kerosene | LOX/LH₂ | ✅ クリーン |
CZ-9の改良点: - 第1段: LOX/LH₂ → LOX/Kerosene(密度増加、タンク縮小) - 推力: YF-77(LOX/LH₂、700kN)→ YF-135(LOX/Kerosene、500-2000kN)
2.3 3. 再使用技術 - コスト削減
長征9号は 第1段・ブースター再使用 を計画する (3):
2.3.1 再使用計画
第1段階(2033年〜): - 使い捨て運用: 初期打上げ(信頼性実証) - 打上げ回数: 5-10回
第2段階(2035年〜): - ブースター回収: 4基のブースター垂直着陸 - 回収率: 80%目標 - コスト削減: 20-30%
第3段階(2037年〜): - 第1段回収: コアステージ垂直着陸 - 回収率: 70%目標 - コスト削減: 40-50%
2.3.2 再使用技術の開発
着陸脚: - Falcon 9方式: 格納式着陸脚 - 材質: 炭素繊維複合材(軽量化)
推力偏向: - グリッドフィン: 大気圏再突入時の姿勢制御 - エンジン再着火: 着陸時の推力反転
洋上回収船: - 着陸プラットフォーム: 南シナ海・東シナ海 - 輸送: 回収後の発射場への輸送
2.4 4. 10m直径コア - 最大級
長征9号の 10m直径コア は世界最大級である (1):
2.4.1 直径比較
| ロケット | コア直径 | 製造 | 輸送 |
|---|---|---|---|
| CZ-9 | 10.0m | 新規工場必要 | 海上輸送 |
| CZ-5 | 5.0m | 天津工場 | 海上輸送 |
| Saturn V | 10.1m | ミシュー組立工場 | 運河輸送 |
| Starship | 9.0m | Starbase | 不要(現地組立) |
| SLS | 8.4m | ミシュー組立工場 | 運河輸送 |
10m直径の技術的挑戦: - 製造: 直径10mのタンク製造設備 - 溶接: 大型タンクの溶接(摩擦攪拌接合等) - 輸送: 鉄道輸送不可、海上輸送専用 - 試験: 大型タンク圧力試験設備
2.4.2 文昌発射場での運用
海上輸送: - 天津 → 文昌: 渤海湾 → 黄海 → 東シナ海 → 南シナ海 - 輸送船: 専用輸送船(CZ-5用を拡大) - 所要時間: 約7-10日
組立施設: - VAB拡張: 既存VABの拡張または新VAB建設 - 高さ: 150m級VAB必要(CZ-9 110m + 余裕)
2.5 5. 有人月面着陸ミッション対応
長征9号は 中国有人月面着陸 のために開発される (4):
2.5.1 中国有人月面計画
ミッション構成(計画): 1. 打上げ1回目: 月着陸船(Lunar Lander)+ 月軌道モジュール 2. 打上げ2回目: 新一代載人宇宙船(有人宇宙船) 3. 月軌道ランデブー: 宇宙船と着陸船がドッキング 4. 月面着陸: 着陸船で月面へ(2名の宇宙飛行士) 5. 月面滞在: 約7日間 6. 帰還: 着陸船上昇段 → 宇宙船 → 地球帰還
CZ-9の役割: - 月着陸船打上げ: 50ton級(1回目) - 有人宇宙船打上げ: 30ton級(2回目) - 合計: 80ton(2回打上げ)
2.5.2 Apollo計画との比較
| 項目 | Apollo(米国) | 中国有人月面(計画) |
|---|---|---|
| ロケット | Saturn V × 1回 | CZ-9 × 2回 |
| 月面着陸質量 | 15ton(LM) | 25ton(着陸船) |
| 宇宙飛行士 | 2名(月面) | 2名(月面) |
| 月面滞在 | 3日間 | 7日間 |
| 初成功 | 1969年 | 2035年? |
中国方式の特徴: - 2回打上げ: Saturn V 1回より柔軟性 - 月軌道ランデブー: リスク分散 - 長期滞在: より多くの科学実験
3 開発計画
3.1 開発スケジュール
第1段階(2020-2025年): 基礎研究: - エンジン開発: YF-135、YF-90開発 - タンク製造: 10m直径タンク製造技術 - 材料: 炭素繊維複合材、アルミリチウム合金
第2段階(2026-2030年): 詳細設計・試験: - エンジン試験: YF-135/90の地上燃焼試験 - タンク試験: 10m直径タンク圧力試験 - システム設計: ロケット全体設計完了
第3段階(2031-2033年): 製造・組立: - 初号機製造: 天津工場での製造 - 発射場建設: 文昌LC-3建設(CZ-9専用) - 初打上げ: 2033年(計画)
3.2 エンジン開発
3.2.1 YF-135(LOX/Kerosene)
仕様(計画値): - 推力: 500-2,000kN(スロットル調整) - 比推力: 海面300秒、真空340秒 - 燃焼室圧力: 250bar - 再使用: 10回再使用目標
技術的挑戦: - 高圧燃焼: 250bar(YF-100の180barより高圧) - スロットル: 50-100%の推力調整 - 再使用: 10回再着火・再使用
開発状況(2025年時点): - 地上試験: 進行中(2020年代前半) - 試験回数: 未公開 - 試験累積時間: 未公開
3.2.2 YF-90(LOX/LH₂)
仕様(計画値): - 真空推力: 1,000kN - 真空比推力: ~450秒 - 燃焼室圧力: 100bar - 燃焼時間: 450秒
技術継承: - YF-77: CZ-5/7の極低温エンジン(700kN) - YF-75D: CZ-5第2段エンジン(167.17kN)
技術的挑戦: - 推力増強: YF-77の1.4倍 - 高信頼性: 有人月面ミッション用
3.3 発射場建設
3.3.1 文昌LC-3(計画)
射点仕様(計画値): - 脐帯塔: 150m級 - 移動発射台: 1,500ton級 - 音響抑制: 水噴射方式(大規模)
推進剤供給: - LOX: 2,000ton貯蔵タンク - LH₂: 500ton貯蔵タンク - Kerosene: 1,500ton貯蔵タンク
組立施設: - VAB拡張: 150m高、3-4ホール - 10m直径対応: 大型クレーン、広い作業空間
4 主要ミッション(計画)
4.1 有人月面着陸(2035年頃)
ミッション概要: - 目標: 中国初の有人月面着陸 - 宇宙飛行士: 2名 - 月面滞在: 7日間 - 着陸地点: 月の南極(水氷存在地域)
打上げ計画: - 第1回: 月着陸船(50ton) - 第2回: 有人宇宙船(30ton) - 間隔: 数日〜数週間
科学目標: - 月面資源: 水氷の採取・分析 - 地質調査: 月の南極地域の地質 - 技術実証: 長期月面滞在技術
4.2 月面基地建設(2040年頃)
国際月面科学研究ステーション(ILRS): - 中国主導: ロシア、パキスタン等と協力 - 規模: 居住モジュール + 実験モジュール - 人員: 4-6名長期滞在
CZ-9の役割: - 基地モジュール: 50ton級モジュール打上げ - 補給ミッション: 定期的な物資補給 - 年間打上げ: 2-4回
4.3 火星有人探査(2045年頃)
火星往復ミッション: - 打上げ: CZ-9 × 4-6回(軌道上組立) - 宇宙飛行士: 4-6名 - ミッション期間: 2.5年(往路0.5年 + 火星1.5年 + 復路0.5年)
質量構成: - 火星宇宙船: 200ton(軌道上組立) - 火星着陸船: 50ton - 補給・燃料: 150ton
5 技術的課題
5.1 1. 超大型エンジン開発
YF-135/90エンジンの 開発リスク は高い (5):
5.1.1 開発の挑戦
YF-135(LOX/Kerosene、500-2,000kN): - 推力範囲: YF-100(1,200kN)の1.7倍 - 燃焼室圧力: 250bar(世界最高級) - 再使用: 10回再使用(未実証技術)
開発リスク: - 燃焼不安定: 高圧燃焼での不安定性 - 材料: 高圧・高温に耐える材料 - 試験: 大型エンジン試験設備
世界の類似エンジン: - Raptor(SpaceX): LOX/Methane、300bar、2,300kN - RD-180(ロシア): LOX/Kerosene、257bar、4,152kN - F-1(Saturn V): LOX/Kerosene、70bar、6,770kN
5.2 2. 10m直径タンク製造
10m直径タンクの 製造技術 は未確立である (6):
5.2.1 製造の挑戦
タンク製造方法: - 摩擦攪拌接合(FSW): 大型タンクの溶接(NASA SLSで使用) - 自動溶接: ロボットによる大型タンク溶接 - 品質管理: X線・超音波検査
中国の経験: - CZ-5: 5m直径タンク製造実績 - CZ-9: 10m(面積4倍、製造難度大幅増)
製造設備投資: - 新工場: 天津または文昌に新工場建設 - 試験設備: 10m直径タンク圧力試験施設 - 投資額: 数十億元
5.3 3. 再使用技術の未確立
中国は ロケット再使用の実績なし である (7):
5.3.1 再使用技術のギャップ
SpaceXの経験(Falcon 9): - 初回収成功: 2015年 - 累積回収: 300回以上(2025年時点) - 最多再使用: 1機で20回以上
中国の状況: - CZ-8回収実験: 計画中(2025年代後半) - 実績: なし(2025年時点) - 技術ギャップ: 10年以上
CZ-9での挑戦: - 初号機: 使い捨て運用(2033年) - 回収実験: 2035年以降 - 技術実証期間: 5-10年必要
5.4 4. スケジュール遅延リスク
CZ-9の 2033年初打上げ は楽観的である (8):
5.4.1 遅延要因
技術的要因: - エンジン開発: YF-135/90の開発遅延 - タンク製造: 10m直径タンク製造技術 - システム統合: 超大型ロケットの複雑性
類似プロジェクトの遅延: | ロケット | 計画初打上げ | 実際初打上げ | 遅延 | |———|————|————|——| | SLS | 2017年 | 2022年 | 5年 | | Ariane 6 | 2020年 | 2024年 | 4年 | | Vulcan | 2021年 | 2024年 | 3年 |
CZ-9の遅延予測: - 楽観的: 2033年 - 現実的: 2035-2037年 - 悲観的: 2040年以降
6 将来展望
6.1 中国有人月面着陸の実現
目標(2035年): - 世界2番目: 米国(1969年)に次ぐ有人月面着陸 - 技術実証: 中国の宇宙技術の世界トップ級実証 - 国威発揚: 建国100周年(2049年)に向けた目標
意義: - 科学: 月の南極資源調査 - 技術: 深宇宙探査技術確立 - 政治: 米国との宇宙競争
6.2 月面基地・火星探査への展開
2040年代の展望: - 月面基地: 国際月面科学研究ステーション(ILRS) - 火星有人探査: 2045年頃 - CZ-9の役割: 年間4-6回打上げ
6.3 商業利用の可能性
商業打上げサービス(2040年代): - 大型衛星コンステレーション: 50ton級衛星打上げ - 宇宙太陽光発電: 超大型宇宙構造物 - 宇宙資源: 月・小惑星資源輸送
課格: - 使い捨て: $500M-1B/回(推定) - 再使用: $200-300M/回(推定、SpaceX Starshipより高価)
6.4 国際協力の可能性
ILRS(国際月面科学研究ステーション): - 参加国: 中国、ロシア、パキスタン、UAE等 - CZ-9の役割: 主要打上げロケット - 対抗: NASA Artemis計画(米国主導)
7 比較: 世界の超大型ロケット
| ロケット | LEO能力 | 月面能力 | 推力 | 推進剤 | 初打上げ | 再使用 | 開発国 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| CZ-9 | 150ton | 50ton | 50,000kN | LOX/Ker+LH₂ | 2033(計画) | 計画中 | 中国 |
| Saturn V | 140ton | 45ton | 34,020kN | LOX/Ker+LH₂ | 1967 | なし | 米国(退役) |
| Starship/SH | 150-250ton | 100+ton | 72,000kN | LOX/Methane | 2023 | 開発中 | 米国 |
| SLS Block 2 | 130ton | 40ton | 39,140kN | LOX/LH₂+Solid | 2028(計画) | なし | 米国 |
| Energia | 100ton | - | 35,000kN | LOX/Ker+LH₂ | 1987 | なし | ソ連(退役) |
| N1 | 95ton | 23ton | 45,400kN | LOX/Kerosene | 1969 | なし | ソ連(失敗・中止) |
8 参照文献
ファイルパス: C:\Users\xprin\github\tech-research-portfolio\projects\rockets_facilities\docs\rockets\china\CZ-9.qmd
完成日: 2025-10-22
対応YAMLデータ: C:\Users\xprin\github\tech-research-portfolio\projects\rockets_facilities\data\rockets\china\CZ-9.yaml
関連発射施設: 文昌航天発射場
関連ロケット: 長征5号 | 長征10号(月面着陸用)